・・・TS君のその話を聞いて間もないある夜のこと、工業倶楽部の近くの辻でバスを待っているとどこからともなく子供を負ぶった中年男が闇の中からひょっくり現われて、浅草までの道を聞くのであった。前に逢った場合と同じように無帽で、同じような五、六歳くらい・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 夜の八時頃実にいい気持でお風呂につかってポーとしていたら、あっちこっちのラジオが急におぞましき音でオニワー何とか、何とか何とかワーッと鳴りたてたのでびっくりして耳を立てたら、それは、どこかで年男が節分の豆まきをしているのを中継している・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ ひろ子は、このとき重吉のとなりにかけている中年男が自分たち二人の言葉のやりとりに関心をもってきいているのを知った。同時に、自分が、涙っぽくしかこの話にふれられない今の感情のひよわさを自覚した。それにしても、どうして、よりによって重吉は・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・案外そういう若い女の人は逆にある程度社会的安定の基礎のためには中年男との経済的立場に立っての結合を方便として、本当には、他のいってみれば若い男との生活を見透しているのかも知れないし、現実は複雑なものでしょう。ここが面白いと思うのですネ。・・・ 宮本百合子 「不満と希望」
・・・そのことはこの頑固そうな中年男が云うばかりでない。穀物生産組合がすでに問題として批判していた。 タクシーは、モスクワで公営だ。運転手は月給で雇われ、働く。工場へ出勤するプロレタリアートと同じに。ところが昔ながら赤い車輪の辻馬車は、仲間で・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
出典:青空文庫