・・・広げれば広がります。〕「そんだ。林学でおら習った。」何と云ったかな。このせいの高い眼の大きな生徒。坂になったな。ごろごろ石が落ちている。「先生この石何て云うのす。」どうせきまってる。〔凝灰岩。流紋凝灰岩だ。凝灰岩の温泉の為に・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・だんだん拡がります。」ラクシャン第一子がびっくりして叫ぶ。「熔岩、用意っ。灰をふらせろ、えい、畜生、何だ、野火か。」その声にラクシャンの第二子がびっくりして眼をさまし、その長い顎をあげて、眼を釘づけにされたように・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・ 私は此上ない愛情と打ちまかせた心とで木を見て居るうちに、押えられない感激が染々と心の奥から湧いて、彼の葉の末から彼方に一つ離れて居る一つ葉の端にまで、自分の心が拡がり籠って居る様になって来る。 彼の木は静かである。 私の心も静・・・ 宮本百合子 「雨が降って居る」
・・・少し真面目な若者は、人生の拡がりを自分のものとしたいと思って、読書をねがう気持は痛切である。自分の仕事に必要な技術をたかめようとして専門書を求める気持も痛切である。然し、紙は青年の向上心のために配給されていない、本屋の儲けのために配給されて・・・ 宮本百合子 「青年の生きる道」
十二月の中旬、祖母が没した。八十四歳の高齢であった。棺前祭のとき、神官が多勢来た。彼等の白羽二重の斎服が、さやさや鳴り拡がり、部屋一杯になった。主だった神官の一人がのりとを読んだ。中に、祖母が「その性高く雄々しく中條精一郎・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・という声一つの経験、これを机の前に坐って考えて見ると、だんだんたぐって行って、深くなって、自分の子供の時はお母さんにおぶさって、こうだった、と子供の時の想い出さえも拡がります。ものを書くということは非常に面白いことだと思う。私どものいろいろ・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」
・・・ずっと右手に続いた杉林の叢の裡では盛に轡虫が鳴きしきり、闇を劈くように、鋭い門燈の輝きが、末拡がりに処々の夜を照して居る。 父上は、まだ帰って居られなかった。いつもの正面の場処から、母が、隔意のある表情で、「いらっしゃい」と軽く・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・ 文学においても、婦人の活動の最低の線がどこまで拡がり且つ上って来ているかということが問題であろう。文学における婦人の自然発生なありようがとりあげられるならば、それは男をこめて社会生活全面の照りかえしとして語られることだと思われる。〔一・・・ 宮本百合子 「文学と婦人」
・・・けれどもこういう不便は彼の前に次第に拡がりゆく世界の知識に対する歓喜の前には、決して堪えられぬものではなかった。本と一緒にいる時だけゴーリキイがそこから逃げ出したいと思いつづけている製図師一家のだらけて、悪意がぶつかり合っている環境が遠のい・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・でっぷりよく肥えた顔にいちめん雀斑が出来ていて鼻の孔が大きく拡がり、揃ったことのない前褄からいつも膝頭が露出していた。声がまた大きなバスで、人を見ると鼻の横を痒き痒き、細い眼でいつも又この人は笑ってばかりいたが、この叔母ほど村で好かれていた・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫