・・・うような、ぐっぐっ、と巨きな鼻が息をするような、その鼻が舐めるような、舌を出すような、蒼黄色い顔――畜生――牡丹の根で気絶して、生死も知らないでいたうちの事が現に顕われて、お腹の中で、土蜘蛛が黒い手を拡げるように動くんですもの。 帯を解・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・湧き出て来る雲は見る見る日に輝いた巨大な姿を空のなかへ拡げるのであった。 それは一方からの尽きない生成とともにゆっくり旋回していた。また一方では捲きあがって行った縁が絶えず青空のなかへ消え込むのだった。こうした雲の変化ほど見る人の心に言・・・ 梶井基次郎 「蒼穹」
・・・ しかし、敏捷に、割に小さい、土のついた両手を拡げると、彼の頸×××××いた。「タエ!」 彼は、たゞ一言云ったゞけだ。つる/\した、卵のぬき身のような肌を、井村は自分の皮膚に感じた。 それから、彼等は、たび/\別々な道から六・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・これを押し広げるものが科学者と文学者との中の少数な選ばれたる人々であるかと思われる。 芸術としての文学と科学 文学も科学も結局は広義に解釈した「事実の記録」であり、その「予言」であるとすると、そういうものといわゆる「・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ しかしこの自身のつまらぬ失敗は他人の参考になるかもしれない、少なくも私のように切符の鋏穴をいじって拡げるような悪い癖のある人には参考になる。同時にまた電気局や車掌達にとっても、そういう厄介な癖を持った乗客が存在するという事実を知らせる・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・打ち上げられた円筒は、迅速に旋転しながら昇って行ったが、開いたのを見ると、それは夜の花火によくあるような、傘形にあるいはしだれ柳のように空に天蓋を拡げるのであった。これについて一つ不審に思った事は、あれがどうしていつでも傘のように垂直線のま・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・の襲来を未然に予知し、その進路とその勢力の消長とを今よりもより確実に予測するためには、どうしても太平洋上ならびに日本海上に若干の観測地点を必要とし、その上にまた大陸方面からオホツク海方面までも観測網を広げる必要があるように思われる。しかるに・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・例えば、一人の人が往来で洋傘を広げて見ようとすると、同行している隣りの女もきっと洋傘を広げるという。こういう風に一般に或程度まではそうです。往来で空を眺めていると二人立ち三人立つのは訳はなくやる。それで空に何かあるかというと、飛行船が飛んで・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・温和で正直で忍従的な人民の多数が、その温和で生産的な社会生活を継続し発展させてゆく可能を保つために、それらの人々がファシズムにくわれつくさずに生きてゆけるだけの自主的余地をこの社会に拡げる力として、日本のレフティストの存在意義は小さくないこ・・・ 宮本百合子 「世紀の「分別」」
・・・ 両手を左右に拡げることを、毎日の間に幾度かしている。けれども、それを拡げたままで五分保っていなければならない苦しさは、ちょっと考えると雑作のない単純な運動とも思われない量をもっている。 上げたときと同じにしておこうと思っても、きっ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫