・・・ 生来地図好きなYは、新しい町に到着し、先ず其処の地図を拡げる時、独特な愉快を感じるらしい。今度、長崎に来たのだって、謂わばYのこの地図に対する情熱が大分原因となっていた。最初、私共は、小石川老松町の家にいて、四月二十七日に自分達が東京・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・米内首相は降壇のときわざわざケースに納めて戻って来た眼鏡をまたかけて、地図をひろげたが、隣の桜内蔵相は、拡げる場所が狭苦しいのか、体を捩って首相のを覗き込んだ。その報告は拍手を浴びたが、畑陸相の声はなかなかききとり難い。武田信玄が万軍を動か・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
・・・両手を拡げるように都会植民地の前に大柱列を並べ、人はそこまで出てしまうと西から来て再び西へ寄せ返す人波と、二つの巨大な磁石巖――株式取引所と銀行とのまわりで揉み合い塵を捲き上げつつ流れる人渦とを見るだけである。 ヨーロッパの買占人、・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・膝のあたりを格別に拡げるのは、刈り入れの時、体躯のすわる身がまえの癖である。白い縫い模様のある襟飾りを着けて、糊で固めた緑色のフワフワした上衣で骨太い体躯を包んでいるから、ちょうど、空に漂う風船へ頭と両手両足をつけたように見える。 これ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫