・・・ 保吉はとうとう小径伝いに玄関の前の広場へ出た。そこには戦利品の大砲が二門、松や笹の中に並んでいる。ちょいと砲身に耳を当てて見たら、何だか息の通る音がした。大砲も欠伸をするかも知れない。彼は大砲の下に腰を下した。それから二本目の巻煙草へ・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・窓からは、朧夜の月の光の下に、この町の堂母なるサン・ルフィノ寺院とその前の広場とが、滑かな陽春の空気に柔らめられて、夢のように見渡された。寺院の北側をロッカ・マジョーレの方に登る阪を、一つの集団となってよろけながら、十五、六人の華車な青年が・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・このあたりこそ気勢もせぬが、広場一ツ越して川端へ出れば、船の行交い、人通り、烟突の煙、木場の景色、遠くは永代、新大橋、隅田川の模様なども、同一時刻の同一頃が、親仁の胸に描かれた。「姉や、姉や、」と改めて呼びかけて、わずかに身を動かす背に・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 戸外の広場の一廓、総湯の前には、火の見の階子が、高く初冬の空を抽いて、そこに、うら枯れつつも、大樹の柳の、しっとりと静に枝垂れたのは、「火事なんかありません。」と言いそうである。 横路地から、すぐに見渡さるる、汀の蘆の中に舳が見え・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・…… 森を高く抜けると、三国見霽しの一面の広場になる。赫と射る日に、手廂してこう視むれば、松、桜、梅いろいろ樹の状、枝の振の、各自名ある神仙の形を映すのみ。幸いに可忌い坊主の影は、公園の一木一草をも妨げず。また……人の往来うさえほとんど・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・二人は坂を降りてようやく窮屈な場所から広場へ出た気になった。今日は大いそぎで棉を採り片付け、さんざん面白いことをして遊ぼうなどと相談しながら歩く。道の真中は乾いているが、両側の田についている所は、露にしとしとに濡れて、いろいろの草が花を開い・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ フットボールが、見えなくなってしまってから、子供たちは、ほんとうにさびしそうでした。広場へ集まってきても、いままでのように、きゃっ、きゃっといって、遊ぶこともなくなりました。「あのフットボールは、どこへいったろうね。」と、一人がい・・・ 小川未明 「あるまりの一生」
・・・ 弟は、生まれつき笛が上手で、姉は、生まれつき声のいいところから、二人は、ついにこの港に近い、広場にきて、いつごろからともなく笛を吹き、唄をうたって、そこに集まる人々にこれを聞かせることになったのです。 朝日が上ると二人は、天気の日・・・ 小川未明 「港に着いた黒んぼ」
・・・ やがて、その人が駅の改札口をはいって行くその広い肩幅をひそかに見送って、再びその広場へ戻って来ると、あたりはもうすっかり暗く、するすると夜が落ちていた。「お姉さま。道子はお姉さまに代って、お見送りしましたわよ。」 道子はそう呟・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・ あくる日、柳吉が梅田の駅で待っていると、蝶子はカンカン日の当っている駅前の広場を大股で横切って来た。髪をめがねに結っていたので、変に生々しい感じがして、柳吉はふいといやな気がした。すぐ東京行きの汽車に乗った。 八月の末で馬鹿に蒸し・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
出典:青空文庫