・・・「僕はもうきちりと坐ることが出来るよ。けれどもズボンがイタマシイですね。」 四 僕が最後に彼に会ったのは上海のあるカッフェだった。(彼はそれから半年ほど後、天然痘に罹僕等は明るい瑠璃燈の下にウヰスキイ炭酸を・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・しかも彼の隣に坐ると、片手を彼の膝の上に置き、宛囀と何かしゃべり出した。譚も、――譚は勿論得意そうに是了是了などと答えていた。「これはこの家にいる芸者でね、林大嬌と言う人だよ。」 僕は譚にこう言われた時、おのずから彼の長沙にも少ない・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・上座に坐ると勿体らしく神社の方を向いて柏手を打って黙拝をしてから、居合わせてる者らには半分も解らないような事をしたり顔にいい聞かした。小作者らはけげんな顔をしながらも、場主の言葉が途切れると尤もらしくうなずいた。やがて小作者らの要求が笠井に・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 二 坐ると炭取を引寄せて、火箸を取って俯向いたが、「お礼に継いで上げましょうね。」「どうぞ、願います。」「まあ、人様のもので、義理をするんだよ、こんな呑気ッちゃありやしない。串戯はよして、謹さん、東・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・と縁へはみ出るくらい端近に坐ると一緒に、其処にあった塵を拾って、ト首を捻って、土間に棄てた、その手をぐいと掴んで、指を揉み、「何時、当地へ。」「二、三日前さ。」「雑と十四、五年になりますな。」「早いものだね。」「早いにも・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・と言いながら母は省作の近くに坐る。「お前まあよく話して聞かせろま、どうやって出てきたのさ。お前にこにこ笑いなどして、ほんとに笑いごっちゃねいじゃねいか」 母に叱られて省作もねころんではいられない。「おッ母さんに心配かけてすま・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 鴎外が博物館総長の椅子に坐るや、世間には新館長が積弊を打破して大改革をするという風説があった。丁度その頃、或る処で鴎外に会った時、それとなく噂の真否を尋ねると、なかなかソンナわけには行かないよ、傍観者は直ぐ何でも改革出来るように思・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・そして机の前に坐ると、掏られたはずの財布がちゃんと、のっている。持って出るのをうっかり忘れていたのだ。 彼は原稿用紙の第一行に書かれている「掏摸の話」という題を消して、おもむろに、「あわて者」 という題を書いた。そして、あわて者・・・ 織田作之助 「経験派」
・・・ 昭和十五年の五月、私が麹町の武田さんの家をはじめて訪問した時、二階の八畳の部屋の片隅に蒲団を引きっぱなして、枕の上に大きな顎をのせて腹ばいのまま仕事していた武田さんはむっくり起き上って、机のうしろに坐ると、「いつ大阪から来たの? 藤沢・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・ Kは斯う警戒する風もなく、笑顔を見せて迎えて呉れると、彼は初めてほっとした安心した気持になって、ぐたりと坐るのであった。それから二人の間には、大抵次ぎのような会話が交わされるのであった。「……そりゃね、今日の処は一円差上げることは・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫