・・・生命が大切という事を弁別えておらん人ばかりだから、そこで木製の蛇の運動を起すのを見て行きたまえと云うんだ。歯の事なんか言って聞かしても、どの道分りはせんのだから、無駄だからね、無駄な話だから決して売ろうとは云わんです。売らんのだから買わんで・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 先ず道徳思想と道徳との弁別の問題がある。リップスによれば、モラールは時と処と人とによって異なる道徳的見解、要求の類であり、如何なる民族も、階級も、個人もそれぞれこれを持っている。かかるモラールには真に道にかなう因子が含まれているに相違・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・それが死んだねずみであるか石塊であるかを弁別する事には少なくもその長さの十分一すなわち〇・五ミクロン程度の尺度で測られるような形態の異同を判断することが必要であると思われる。しかるに〇・五ミクロンはもはや黄色光波の波長と同程度で、網膜の細胞・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
・・・しかし、よく考えてみると、某年某月某日某所で行なわれた某の銅像除幕式を他のある日ある場所で行なわれた他の除幕式と明白に弁別しようとするときに最も著しき目標となるものは何であるかというと、かえって上記のごとき零細些末な現象が意外にも重大な役目・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
・・・ 近ごろ見た書物に、蜜蜂が花野の中で、つぼみと、咲いた花とを識別するのは、彼らにものの形状を弁別する能力のあるためだということが書いてあった。すなわち星形や十字形のものと、円形のものとを見分けることができるというのである。 しかし甘・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・けれども学士会院がその発見者に比較的の位置を与える工夫を講じないで、徒らに表彰の儀式を祭典の如く見せしむるため被賞者に絶対の優越権を与えるかの如き挙に出でたのは、思慮の周密と弁別の細緻を標榜する学者の所置としては、余の提供にかかる不公平の非・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・しかれども野卑に陥りやすきをもって野卑ならざるものをも棄つるはその弁別の明なきがゆえなり。しかして古雅幽玄なる消極的美の弊害は一種の厭味を生じ、今日の俗宗匠の俳句の俗にして嘔吐を催さしむるに至るを見るに、かの艶麗ならんとして卑俗に陥りたるも・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ ここで、私たちはもう一度改めてはっきりと、ジイドがソヴェト同盟の建設に牽きつけられるにいたった、特殊な主観とその内的構造を弁別しなければならない。何故なら、ジイドにあっては、ソヴェト同盟への傾倒が、その紀行の中でも一寸ふれているよ・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・インテリジェンスとは、こういう急所で、はっきり事態の意味を弁別する思考の能力をさしていうのである。 今日、日本の民主主義は、難航を示している。国内国外もつれ合う潮の流れの複雑さと、主体的に日本のインテリゲンツィアをこめる全人民に民主的感・・・ 宮本百合子 「誰のために」
・・・色の美しさではなく味のよさに着目するとしても、子供には初茸の味と毒茸の味とを直接に弁別するような価値感は存せぬのである。茸の価値を子供に知らしめたのは子供自身の価値感ではなくして、彼がその中に生きている社会であった。すなわち村落の社会、特に・・・ 和辻哲郎 「茸狩り」
出典:青空文庫