・・・自分は、今この覚え書の内容を大体に亘って、紹介すると共に、二三、原文を引用して、上記の疑問の氷解した喜びを、読者とひとしく味いたいと思う。―― 第一に、記録はその船が「土産の果物くさぐさを積」んでいた事を語っている。だから季節は恐らく秋・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・しかしまだ不幸にも御存じのない方があれば、どうか下に引用した新聞の記事を読んで下さい。 東京日日新聞。昨十八日午前八時四十分、奥羽線上り急行列車が田端駅附近の踏切を通過する際、踏切番人の過失に依り、田端一二三会社員柴山鉄太郎の長男実彦(・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・ベッカアはある夜五六人の友人と、神学上の議論をして、引用書が必要になったものでございますから、それをとりに独りで自分の書斎へ参りました。すると、彼以外の彼自身が、いつも彼のかける椅子に腰をかけて、何か本を読んでいるではございませんか。ベッカ・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・を挙げよというなら、間もなくおれが智慧をしぼって考えだした支店長募集など、そのひとつだろう。例によって「真相をあばく」を引用しよう。 五 ――馴れぬ手つきで揉みだした手製の丸薬ではあったが、まさか歯磨粉を胃腸薬に・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・うしろには鬼がいるにきまっているとは、横光さんの言葉で、武田さんもよくこの言葉を引用していた。 しかし、そんな悲しい武田さんを想像することは今は辛い。やはり、武田麟太郎失明せりというデマを自分で飛ばしていた武田さんのことを、その死をふと・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
一 スタンダールは彼の墓銘として「生きた、書いた、恋した」 という言葉を選んだということである。 スタンダールについて語る人は、殆んど例外なしに、この言葉を引用している。まことにスタンダールらしい言葉、スタンダールの生涯・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・ 私の作品に好意的に触れておられる文章故、いささか気がさしながら引用したのであるが、要するに、これをもって見れば、すくなくとも、大阪的な作品は東京文壇の理解するところとならぬのではあるまいか。 どうせ、文学に対する考え方なぞ、人生に・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・自分は便利のためにこれをここに引用する必要を感ずる――武蔵野は俗にいう関八州の平野でもない。また道灌が傘の代りに山吹の花を貰ったという歴史的の原でもない。僕は自分で限界を定めた一種の武蔵野を有している。その限界はあたかも国境または村境が山や・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・彼がこの小松原の法難における吉隆と鏡忍との殉教を如何に尊び、感謝しているかは、彼の消息を見れば、輝くほどの霊文となって現われているのであるが、ここに引用する余裕がない。後に書くが日蓮はまれに見る名文家なのである。 この法難から文永五年蒙・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ヨーロッパの誰某はかくいっているという引用の豊富が学や、思想を権威づける第一のものである習慣は改正されなければならぬのである。 この習慣の背後には、一般に、書物至上主義でないまでも、過度の書物依頼主義が横たわっている。この習慣は信じられ・・・ 倉田百三 「学生と読書」
出典:青空文庫