・・・「一年の御稽古でも、しばらく休んでいると、まるで当らない――なんだか冗談のようですナ」強弓をひく方の大尉も笑った。 何となく寂びれて来た矢場の中には、古城に満ち溢れた荒廃の気と、鳴を潜めたような松林の静かさとに加えて、そこにも一種の・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・その自然木の彎曲した一端に、鳴海絞りの兵児帯が、薩摩の強弓に新しく張った弦のごとくぴんと薄を押し分けて、先は谷の中にかくれている。その隠れているあたりから、しばらくすると大きな毬栗頭がぬっと現われた。 やっと云う掛声と共に両手が崖の縁に・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・先祖は細川高国の手に属して、強弓の名を得た島村弾正貴則である。享禄四年に高国が摂津国尼崎に敗れたとき、弾正は敵二人を両腋に挟んで海に飛び込んで死んだ。弾正の子市兵衛は河内の八隅家に仕えて一時八隅と称したが、竹内越を領することになって、竹内と・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫