一「謹さん、お手紙、」 と階子段から声を掛けて、二階の六畳へ上り切らず、欄干に白やかな手をかけて、顔を斜に覗きながら、背後向きに机に寄った当家の主人に、一枚を齎らした。「憚り、」 と身を横に・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ 襖をすうと開けて、当家の女中が、「吉岡さん、お宅からお使でございます。」「内から……」「へい、女中さんがお見えなさいました。」「何てって?」「ちょっと、お顔をッて、お玄関にお待ちでございます。」「何だろう。」と・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・「いえ、当家の料理人にございますが、至って不束でございまして。……それに、かような山家辺鄙で、一向お口に合いますものもございませんで。」「とんでもないこと。」「つきまして、……ただいま、女どもまでおっしゃりつけでございましたが、・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・いや。当家のお母堂様も御存じじゃった、親仁こういう事が大好きじゃ、平に一番遣らせてくれ。村越 かえってお心任せが可いでしょう。しかし、ちょうど使のものもあります、お恥かしい御膳ですが、あとから持たせて差上げます。撫子 あの、赤の御飯・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・このシャンデリヤ、おそらく御当家の女中さんが、廊下で、スイッチをひねった結果、さっと光の洪水、私の失言も何も一切合切ひっくるめて押し流し、まるで異った国の樹陰でぽかっと眼をさましたような思いで居られるこの機を逃さず、素知らぬ顔をして話題をか・・・ 太宰治 「喝采」
・・・さて景一光広卿を介して御当家御父子とも御心安く相成りおり候。田辺攻の時、関東に御出遊ばされ候三斎公は、景一が外戚の従弟たる森三右衛門を使に田辺へ差立てられ候。森は田辺に着いたし、景一に面会して御旨を伝え、景一はまた赤松家の物頭井門亀右衛門と・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・、さて実は茶器拝見致したく参上したる次第なりと申され、泰勝院殿御笑いなされ、先きには道具と仰せられ候故、武家の表道具を御覧に入れたり、茶器ならばそれも少々持合せ候とて、はじめて御取り出しなされし由、御当家におかせられては、代々武道の御心掛深・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・手前は御当家のお奥に勤めているりよの宿許から参りました。母親が霍乱で夜明まで持つまいと申すことでござります。どうぞ格別の思召でお暇を下さって、一目お逢わせ下さるようにと、そう云うのだ。急げ」「は」と云って、文吉は錦町の方角へ駆け出した。・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫