・・・それでなければ、彼は、更に自身下の間へ赴いて、当日の当直だった細川家の家来、堀内伝右衛門を、わざわざこちらへつれて来などはしなかったのに相違ない。所が、万事にまめな彼は、忠左衛門を顧て、「伝右衛門殿をよんで来ましょう。」とか何とか云うと、早・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・が、投身することは勿論当直のある限りは絶対に出来ないのに違いなかった。のみならず自殺の行われ易い石炭庫の中にもいないことは半日とたたないうちに明かになった。しかし彼の行方不明になったことは確かに彼の死んだことだった。彼は母や弟にそれぞれ遺書・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・事によるとこの人は東京駅員で昨夜当直をしたのが今朝有楽町辺の宿へ帰って行くのではないかという仮説をこしらえてみた。そう云えば新橋で下りる人もかなりあった。これもどういう人達か見当が付かない。 汚いなりをした、眼のしょぼしょぼした干からび・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 留置場ではそろそろ寝仕度にかかろうという時刻、特高が呼出したと思ったら、中川が来ている。当直だけのこっているガランとした高等係室の奥の入口のところに膝を組んでかけ、煙草をふかしていたが、自分が緒のゆるいアンペラ草履をはいて入って行くな・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・全くしずかで、この頃は居ながら桜をあなたこなたに眺め、寂とした校庭のむこうに当直室の灯が見えたりして。私は他の作家たちのように夜だけ書くのが好きではないでしょう。私は昼間が好き。しずかな昼間の部屋でものを書くのは何と健康で、ゆったりとしてい・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ターニャは夜の当直には来なかった。二十歳である。彼女の夫は国立音楽学校でバリトーンをやっている。ターニャは暇があると当直室の机へむき出しの腕をおっつけて代数を勉強した。毎晩六時から十一時まで彼女はブハーリンの名におけるモスクワ大学の労働科で・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・午前七時に当直のニャーニカが入って来て手拭の端をぴしょぴしょ濡してくれる。私は五歳の女の子のようにそれで果敢なく顔を拭いて、手を拭いて、オーデコロンをつけて、日々新たにその卓子の上にある牛乳瓶についての説明をくりかえさなければならないのだ。・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・ことや当直で見ていた当日の配車状態などから、供述しているのだった。「私は自分で自ら墓穴を掘りつつあるような気がします」「今でも検事に述べたことについては覆せる気持はありますが、何しろ相川判事に調書をとられたのが一番なやみの種です」 相つ・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・と云ったきりでまただまりかえって居たけれ共夜が更けると一緒に段々目がさえてこまったと云って当直の女をあつめていろいろな世間ばなしをさせたり物語りの本をよませてなど居たけれ共中々ねむられそうにもなかった。 いろいろのはなしの末に一番ま・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・ 父であり夫である杉本剛一は当直の冬の夜であった。みのえは十六だ。 ○ みのえに三つの妹があった。その児をみのえが八時過ると寝かしつけなければならなかった。 更紗の小布団の横にみのえもころがっ・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
出典:青空文庫