ある婦人雑誌社の面会室。 主筆 でっぷり肥った四十前後の紳士。 堀川保吉 主筆の肥っているだけに痩せた上にも痩せて見える三十前後の、――ちょっと一口には形容出来ない。が、とにかく紳士と呼ぶのに躊躇することだけは事実・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・それは江口自身不快でなければ、近代的と云う語で形容しても好い。兎に角憎む時も愛する時も、何か酷薄に近い物が必江口の感情を火照らせている。鉄が焼けるのに黒熱と云う状態がある。見た所は黒いが、手を触れれば、忽その手を爛らせてしまう。江口の一本気・・・ 芥川竜之介 「江口渙氏の事」
・・・が、こんな適切な形容は、凡慮には及ばなかった。 お天守の杉から、再び女の声で……「そんな重いもの持運ぶまでもありませんわ。ぽう、ぽっぽ――あの三人は町へ遊びに出掛ける処なんです。少しばかり誘をかけますとね、ぽう、ぽっぽ――お社近まで・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・しかして一種形容すべからざる面色にて、愁然として立ちたるこそ、病者の夫の伯爵なれ。 室内のこの人々に瞻られ、室外のあのかたがたに憂慮われて、塵をも数うべく、明るくして、しかもなんとなくすさまじく侵すべからざるごとき観あるところの外科室の・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・万葉集に玉松という形容語があるが、真に玉松である。幹の赤い色は、てらてら光るのである。ひとかかえもある珊瑚を見るようだ。珊瑚の幹をならべ、珊瑚の枝をかわしている上に、緑青をべたべた塗りつけたようにぼってりとした青葉をいただいている。老爺は予・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・を目して遊戯的分子というならば、発明家の苦辛にも政治家の経営にもまた必ず若干の遊戯的分子を存するはずで、国事に奔走する憂国の志士の心事も――無論少数の除外はあるが――後世の伝記家が痛烈なる文字を陳ねて形容する如き朝から晩まで真剣勝負のマジメ・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・月並みに、怜悧だとか、勝気だとか、年に似合わぬ傲慢さだとか、形容してみても、なお残るものがある不思議な眼だった。 ところが、憑かれたように、バッハのフーガを繰りかえして弾いているうちに、さすがに寿子の眼は血走って来た。充血して痛々しいく・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・ 不思議といえばよいのか、風変りといえばよいのか、それとも何と形容すればよいのだろうか。 新聞記者なら「深夜の怪事」とでも見出をつけるところだろうが、しかしこの事件は大阪のどこの新聞にも載らなかった。 たまたまその日がメーデーだ・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・もう一つはその家の打ち出した廂なのだが、その廂が眼深に冠った帽子の廂のように――これは形容というよりも、「おや、あそこの店は帽子の廂をやけに下げているぞ」と思わせるほどなので、廂の上はこれも真暗なのだ。そう周囲が真暗なため、店頭に点けられた・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・あの時は飛瀑の音、われを動かすことわが情のごとく、巌や山や幽なる森林や、その色彩形容みなあの時においてわれを刺激すること食欲のごときものありたり。すなわちあの時はただ愛、ただ感ありしのみ、他に思考するところの者を藉り来たりて感興を助くるに及・・・ 国木田独歩 「小春」
出典:青空文庫