・・・そこで彼は敵打の一行が熊本の城下を離れた夜、とうとう一封の書を家に遺して、彼等の後を慕うべく、双親にも告げず家出をした。 彼は国境を離れると、すぐに一行に追いついた。一行はその時、ある山駅の茶店に足を休めていた。左近はまず甚太夫の前へ手・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・が、現実は、血色の良い藤左衛門の両頬に浮んでいる、ゆたかな微笑と共に、遠慮なく二人の間へはいって来た。が、彼等は、勿論それには気がつかない。「大分下の間は、賑かなようですな。」 忠左衛門は、こう云いながら、また煙草を一服吸いつけた。・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・玄関を這入ると雇人だけが留守していた。彼等は二三人もいる癖に、残しておいた赤坊のおしめを代えようともしなかった。気持ち悪げに泣き叫ぶ赤坊の股の下はよくぐしょ濡れになっていた。 お前たちは不思議に他人になつかない子供たちだった。ようようお・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・曰く、「あらゆる行為の根底であり、あらゆる思索の方針である智識を有せざる彼等文芸家が、少しでも事を論じようとすると、観察の錯誤と、推理の矛盾と重畳百出するのであるが、これが原因を繹ねると、つまり二つに帰する。その一つは彼等が一時の状態を永久・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・彼等の踊狂う時、小児等は唄を留む。一同 魔が来た、でんでん。影がさいた、もんもん。(四五度口々に寂しく囃ほんとに来た。そりゃ来た。小児のうちに一人、誰とも知らずかく叫ぶとともに、ばらばらと、左右に分れて逃げ入る。 木・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・皆真赤なランニング襯衣で、赤い運動帽子を被っている。彼等を率いた頭目らしいのは、独り、年配五十にも余るであろう。脊の高い瘠男の、おなじ毛糸の赤襯衣を着込んだのが、緋の法衣らしい、坊主袖の、ぶわぶわするのを上に絡って、脛を赤色の巻きゲエトル。・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・浅薄なる娯楽に目も又足らざるの観あるは、誠に嘆しき次第である、それに換うるにこれを以てせば、いかばかり家庭の品位を高め趣味的の娯楽が深からんに、躁狂卑俗蕩々として風を為せる、徒に華族と称し大臣と称す、彼等の趣味程度を見よ、焉ぞ華族たり大臣た・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・ 今時の聖書研究は大抵は来世抜きの研究である、所謂現代人が嫌う者にして来世問題の如きはない、殊に来世に於ける神の裁判と聞ては彼等が忌み嫌って止まざる所である、故に彼等は聖書を解釈するに方て成るべく之れを倫理的に解釈せんとする、来世に関する聖・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・若しこの社会の有力なる識者が、真に母が子供に対する如き無窮の愛と、厳粛さとを有って行うのであれば宜しいけれども、そうでないならば寧ろ自然の儘に放任して置くに如かぬ、彼等の多くは愛を誤解している。 茲に苦しんでいる人間があるとする。それを・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・が私たちの人生であるならば、随分と生きて甲斐なき人生であると思うのだが、そしてまた、相当人気のある劇作家や連続放送劇のベテラン作家や翻訳の大家や流行作家がこんな紋切型の田舎言葉を書いているのを見ると、彼等の羞恥心なき厚顔無恥に一種義憤すら感・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
出典:青空文庫