・・・せめて何時に待つと時間が書いてあれば、あれでしょうが……」「私もおかしいなと思ったんですけど、とにかく主人が来いというのですから、子供に晩御飯を食べさせている途中でしたけど、あわてて出て来たんです」 乱れた裾をふと直していた。「・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・盥の方の女の人が待つふりをすると、釣瓶の方の女の人は水をあけた。盥の水が躍り出して水玉の虹がたつ。そこへも緑は影を映して、美しく洗われた花崗岩の畳石の上を、また女の人の素足の上を水は豊かに流れる。 羨ましい、素晴しく幸福そうな眺めだった・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ 身を返しさま柱の電鈴に手を掛くれば、待つ間あらせず駈けて来る女中の一人、あのね三好さんのところへ行ってね、また一席負かしていただきたいが、ほかにお話しもありますから、お暇ならすぐにおいでを願いたい。とこう言って来ておくれ。急いで、いい・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・自殺の力もなく、自滅を待つほどの意久地のないものと成り果て居るのです。 如何でしょう、以上ザッと話しました僕の今日までの生涯の経過を考がえて見て、僕の心持になって貰いたいものです。これが唯だ源因結果の理法に過ないと数学の式に対するような・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・ヴィナスが自分の番をかえりみてくれる摂理を待つべきだ。学生の場合早すぎるのは危険な場合が多いが、遅いのは心配することはない。 恋をあさる害毒 その青春時代を早期から、多くの恋愛を経験したいというような考えは捨て去・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・それがすむと、豆撒きの節分を待つ。 四季折々の年中行事は、自然に接し、又その中へはいりこみ、そしてそれをたのしむ方法として、祖先が長い間かかってつくりあげたもので春夏秋冬を通じてそれは如何にもたくみに配置されているように思われる。 ・・・ 黒島伝治 「四季とその折々」
・・・奥州武士の伊達政宗が罪を堂ヶ島に待つ間にさえ茶事を学んだほど、茶事は行われたのである。勿論秀吉は小田原陣にも茶道宗匠を随えていたほどである。南方外国や支那から、おもしろい器物を取寄せたり、また古渡の物、在来の物をも珍重したりして、おもしろい・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ いな、人間の死は、科学の理論を待つまでもなく、実に平凡なる事実、時々刻々の眼前の事実、なんびともあらそうべからざる事実ではないか。死のきたるのは、一個の例外もゆるさない。死に面しては、貴賎・貧富も、善悪・邪正も、知恵・賢不肖も、平等一・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・そうなると、私は馬鹿で毎日々々警察からの知らせを心待ちに待つようになりました。 スパイが時々訪ねてくると、私は一々家の中に上げて、お茶をすゝめながら、それとなしに娘のことをきくのですが、少しも分りません。――すると、八ヵ月目かにです・・・ 小林多喜二 「疵」
・・・の標題を極め込んだれど実もってかの古大通の説くがごとくんば女は端からころりころり日の下開山の栄号をかたじけのうせんこと死者の首を斬るよりも易しと鯤、鵬となる大願発起痴話熱燗に骨も肉も爛れたる俊雄は相手待つ間歌川の二階からふと瞰下した隣の桟橋・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
出典:青空文庫