・・・寺田は何か後味が悪く、やがて競馬が小倉に移ると、1の番号をもう一度追いたい気持にかられて九州へ発った。汽車の中で小倉の宿は満員らしいと聴いたので、別府の温泉宿に泊り、そこから毎朝一番の汽車で小倉通いをすることにした。夜、宿へつくとくたくたに・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・少し間誤つきながらそう答えた時の自分の声の後味がまだ喉や耳のあたりに残っているような気がされて、その時の自分と今の自分とが変にそぐわなかった。なんの拘りもしらないようなその老人に対する好意が頬に刻まれたまま、峻はまた先ほどの静かな展望のなか・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・しかしきょうこのごろ日本でいわゆるジャーナリズムという言葉には、これ以外にいろいろ複雑な意味や、余味や、後味や、またニュアンスやがあってなかなか簡単に定義しひと口に説明することはできないようである。人に聞いてみても人によっていろいろと多少は・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・従って、部分部分の雰囲気は画面に濃く、且つ豊富なのであるが、この作の総体を一貫して迫って来る或る後味とでも云うべきものが、案外弱いのは何故だろう。私は、部分部分の描写の熱中が、全巻をひっくるめての総合的な調子の響を区切ってしまっていると感じ・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・それがなく、何だか詰らない、疲労の後味とでも云うようなものが、こびりついて居るのである。 新奇なこともない新聞を読み乍ら食事を終った処へ或書店から人が見えた。 髪をちょっと丸めたままの姿で、客間に行って見ると髪を長くのばし、張った肩・・・ 宮本百合子 「或日」
・・・けれども、そこから生れた後味、それによってこそ行進した方の真の感激も、行進をながめたものの感銘も、それからのちの生活感情のなかで美しく消化されてゆくはずの後味が、心理的にふっきれないものをのこしたとすれば、それはむしろ益より害があったという・・・ 宮本百合子 「女の行進」
・・・それが、この作品の後味としてひとくちに云えない感じをのこす所以であろうと思う。 社会と思想とが大きい波をかぶりつつ経て来た日本のこの数年間の生活の思い出を、あたり前の文学上のもの云いで語らず、こういう鬼や地獄をひき出して描き出すこの・・・ 宮本百合子 「観念性と抒情性」
・・・を読み終りのこされた複雑な後味を考えているうちに、私の心には右のような一つのなまなましい表象が浮んで来たのであった。 作者は、この人生に日本の過去の教養的常識が呈出して来たあくの抜けたもの、静的な美のかわりに、「動物的なもの」「骨格をつ・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・読んで、アクのつよい、いやな後味は一つもなかったでしょう? 小さいけれども、まともなものです。『新日本文学』は第四号で、やっと、こういうふうに、かたよった文学人の文学でないもの、あたりまえの社会的人間の情理に立った文学への声を包括しはじめま・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・作者は、竹造のこまごまとした内的推移についてゆくうちに、あるところでは全く竹造と同化して余韻嫋々的リズムへ顔を押しつけているために、作品の後味は、この作品がある特別な階級人をその輪廓の内から書いているような錯倒した印象を与えるのである。・・・ 宮本百合子 「文学における古いもの・新しいもの」
出典:青空文庫