・・・階級といい習慣といい社会道徳という、我が作れる縄に縛られ、我が作れる狭き獄室に惰眠を貪る徒輩は、ここにおいて狼狽し、奮激し、あらん限りの手段をもって、血眼になって、我が勇敢なる侵略者を迫害する。かくて人生は永劫の戦場である。個人が社会と戦い・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ひそかに思うに、著者のいわゆる近代の御伽百物語の徒輩にあらずや。果してしからば、我が可懐しき明神の山の木菟のごとく、その耳を光らし、その眼を丸くして、本朝の鬼のために、形を蔽う影の霧を払って鳴かざるべからず。 この類なおあまたあり。しか・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・君みたいな助平ったれの、小心ものの、薄志弱行の徒輩には、醜聞という恰好の方法があるよ。まずまあ、この町内では有名になれる。人の細君と駈落ちしたまえ。え?」 僕はどうでもよかった。酒に酔ったときの青扇の顔は僕には美しく思われた。この顔はあ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・今の世に在っては、鳥さしはおろか、犬殺しや猫の皮剥ぎよりも更に残忍なる徒輩が徘徊するのを見ても、誰一人之を目して不祥の兆となすものがあろう。わたくし等が行燈の下に古老の伝説を聞き、其の人と同じようにいわれもない不安と恐怖とを覚えたのは、今よ・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・同時に、その社会のあらゆる悪計と詭略と恥しらずを身にそなえたフーシエの徒輩も見出される。階級社会の力が面と面とをむけて格闘する革命の現実のうちにこそ、その革命の時代の最も典型的な諸事件と諸性格とがある。小市民的な日常と「個性」のうまやにとじ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・という人間の明智に対する信念によって――ジイドは、また、彼の論敵ら「秩序の愛と暴君の趣味とを混同する」徒輩が、この紀行文から手前勝手な利益を引っぱり出すであろうことをも、はっきりと予見している。しかも彼が敢てこの紀行文を公表するのは、上述の・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・理解なき徒輩からしばしば空虚な言葉として受け取られている「人類」なるものは、理解ある人にとって切実なる現前の実在である。ただ人はこの実在を理解し得るために、空間的、物質的、数量的の考え方を捨てて、純粋な意味価値の世界を直視し得なくてはならぬ・・・ 和辻哲郎 「『劉生画集及芸術観』について」
出典:青空文庫