・・・が、今から四、五年前、僕の従姉の子供が一人、僕の家へ遊びに来た時、ある中学の先生のことを「マッポンがどうして」などと話していた。僕はもちろん「マッポン」とはなんのことかと質問した。「どういうことも何もありませんよ。ただその先生の顔を見る・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・このまま、今度の帰省中転がってる従姉の家へ帰っても可いが、其処は今しがた出て来たばかり。すぐに取って返せば、忘れ物でもしたように思うであろう。……先祖代々の墓詣は昨日済ますし、久しぶりで見たかった公園もその帰りに廻る。約束の会は明日だし、好・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・以前にも両三度聞いた――渠の帰省談の中の同伴は、その容色よしの従姉なのであるが、従妹はあいにく京の本山へ参詣の留守で、いま一所なのは、お町というその娘……といっても一度縁着いた出戻りの二十七八。で、親まさりの別嬪が冴返って冬空に麗かである。・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ お米といって、これはそのおじさん、辻町糸七――の従姉で、一昨年世を去ったお京の娘で、土地に老鋪の塗師屋なにがしの妻女である。 撫でつけの水々しく利いた、おとなしい、静な円髷で、頸脚がすっきりしている。雪国の冬だけれども、天気は好し・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・お光さんは予には従姉に当たる人の娘である。 翌日は姉夫婦と予らと五人つれ立って父の墓参をした。母の石塔の左側に父の墓はまだ新しい。母の初七日のおり境内へ記念に植えた松の木杉の木が、はや三尺あまりにのびた、父の三年忌には人の丈以上になるの・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・ たしかに、あれは、関東大地震のとしではなかったかしら、と思うのであるが、そのとしの一夏を、私は母や叔母や姉やら従姉やらその他なんだか多勢で、浅虫温泉の旅館で遊び暮した事があって、その時、一番下のおしゃれな兄が、東京からやって来て、しば・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・ 第一日は物部川を渡って野市村の従姉の家で泊まって、次の晩は加領郷泊り、そうして三晩目に室津の町に辿り付いたように思う。翌日は東寺に先祖の一海和尚の墓に参って、室戸岬の荒涼で雄大な風景を眺めたり、昔この港の人柱になって切腹した義人の碑を・・・ 寺田寅彦 「初旅」
・・・道太の姉や従姉妹や姪や、そんな人たちが、次ぎ次ぎににK市から来て、山へ登ってきていたが、部屋が暑苦しいのと、事務所の人たちに迷惑をかけるのを恐れて、彼はK市で少しほっとしようと思って降りてきた。「何しろ七月はばかに忙しい月で、すっかり頭・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ ふき子が、従姉の胸の前へ頭を出して、忠一の手にある献立を見たがった。「サンドウィッチ」すると、彼女は急に厳粛な眼つきをし、「あら、ここの美味しいのよ」と真顔でいった。彼等は、往来を見ながらそこの小さい店で紅茶とサンドウィッ・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・母とはいとこ同士で、向島で暮した娘時代共に寝起きしたお登世さんという従姉をのぞいて、おそらく母が誰よりも親しんだ女いとこの一人ではなかっただろうか。 その家の若い令嬢として、お孝さんは、私たち子供連のことも、おそらくは大磯のことも、きっ・・・ 宮本百合子 「白藤」
出典:青空文庫