・・・それははじめ荒々しく彼をやっつけたが、遂には得体の知れない感情を呼び起こした。涙が流れ出た。 響きは遂に消えてしまった。そのままの普段着で両親の家へ、急行に乗って、と彼は涙の中に決心していた。・・・ 梶井基次郎 「過古」
・・・ 小村は立ち止まって、得体の知れない民屋があるのを無気味がった。「一匹もさげずに帰るのか、――俺れゃいやだ。」 吉田は、どん/\沼の方へ下って行った。小村は不承無承に友のあとからついて行った。 谷は深かった。谷間には沼に注ぐ・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・窓の両側から申訳のために金巾だか麻だか得体の分らない窓掛が左右に開かれている。その後に「シャッター」が下りていて、その一枚一枚のすき間から御天道様が御光来である。ハハーいよいよ春めいて来てありがたい、こんな天気は倫敦じゃ拝めなかろうと思って・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
出典:青空文庫