・・・どうかこの姥が一生のお願いでございますから、たとい草木を分けましても、娘の行方をお尋ね下さいまし。何に致せ憎いのは、その多襄丸とか何とか申す、盗人のやつでございます。壻ばかりか、娘までも……… × × ・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・城下金沢より約三里、第一の建場にて、両側の茶店軒を並べ、件のあんころ餅を鬻ぐ……伊勢に名高き、赤福餅、草津のおなじ姥ヶ餅、相似たる類のものなり。 松任にて、いずれも売競うなかに、何某というあんころ、隣国他郷にもその名聞ゆ。ひとりその店に・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・肩も脛も懐も、がさがさと袋を揺って、「こりゃ、何よ、何だぜ、あのう、己が嫁さんに遣ろうと思って、姥が店で買って来たんで、旨そうだから、しょこなめたい。たった一ツだな。みんな嫁さんに遣るんだぜ。」 とくるりと、はり板に並んで向をかえ、・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・越後巫女は、水飴と荒物を売り、軒に草鞋を釣して、ここに姥塚を築くばかり、あとを留めたのであると聞く。 ――前略、当寺檀那、孫八どのより申上げ候。入院中流産なされ候御婦人は、いまは大方に快癒、鬱散のそとあるきも出来候との事、御安心下さ・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・「お姥さん、見物をしていますよ。」 と鷹揚に、先代の邸主は落ついて言った。 何と、媼は頤をしゃくって、指二つで、目を弾いて、じろりと見上げたではないか。「無断で、いけませんでしたかね。」 外套氏は、やや妖変を感じながら、・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・す 八州の草本威風に偃す 驕将敗を取るは車戦に由る 赤壁名と成すは火攻の為めなり 強隣を圧服する果して何の術ぞ 工夫ただ英雄を攪るに在り 『八犬伝』を読むの詩 補 姥雪与四郎・音音乱山何れの処か残燐を・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ おのずからなる石の文理の尉姥鶴亀なんどのように見ゆるよしにて名高き高砂石といえるは、荒川のここの村に添いて流るるあたりの岸にありと聞きたれば、昼餉食べにとて立寄りたる家の老媼をとらえて問い質すに、この村今は赤痢にかかるもの多ければ、年・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・やがて、「姥捨」という作品が出来た。Hと水上温泉へ死にに行った時の事を、正直に書いた。之は、すぐに売れた。忘れずに、私の作品を待っていてくれた編輯者が一人あったのである。私はその原稿料を、むだに使わず、まず質屋から、よそ行きの着物を一まい受・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・草津の姥が餅も昔のなじみなれば求めんと思ううち汽車出でたれば果さず。瀬田の長橋渡る人稀に、蘆荻いたずらに風に戦ぐを見る。江心白帆の一つ二つ。浅き汀に簾様のもの立て廻せるは漁りの業なるべし。百足山昔に変らず、田原藤太の名と共にいつまでも稚き耳・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・「姥竹かい」と母親が声をかけた。しかし心のうちには、柞の森まで往って来たにしては、あまり早いと疑った。姥竹というのは女中の名である。 はいって来たのは四十歳ばかりの男である。骨組みのたくましい、筋肉が一つびとつ肌の上から数えられるほど、・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫