・・・到底起きる気がしないから、横になったまま、いろいろ話していると、彼が三分ばかりのびた髭の先をつまみながら、僕は明日か明後日御嶽へ論文を書きに行くよと云った。どうせ蔵六の事だから僕がよんだってわかるようなものは書くまいと思って、またカントかと・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
朝六つの橋を、その明方に渡った――この橋のある処は、いま麻生津という里である。それから三里ばかりで武生に着いた。みちみち可懐い白山にわかれ、日野ヶ峰に迎えられ、やがて、越前の御嶽の山懐に抱かれた事はいうまでもなかろう。――・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・この贄川の川上、御嶽口。美濃寄りの峡は、よけいに取れますが、その方の場所はどこでございますか存じません――芸妓衆は東京のどちらの方で。」「なに、下町の方ですがね。」「柳橋……」 と言って、覗くように、じっと見た。「……あるい・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 朝夕朗々とした声で祈祷をあげる、そして原っぱへ出ては号令と共に体操をする、御嶽教会の老人が大きな雪達磨を作った。傍に立札が立ててある。「御嶽教会×××作之」と。 茅屋根の雪は鹿子斑になった。立ちのぼる蒸気は毎日弱ってゆく。・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・仕事の邪魔になるから、宿へ来るなって言われたので、そのうちお仕事がすんでから、みんなで御岳へ遊びに行くんだ、とそう言っていましたよ。」「そうか。そんな、ばかなこと私が言ったのかねえ。仕事のほうは、どうにでも都合がつくのだから、御岳へでも・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
出典:青空文庫