・・・ お城の中には、どんなきれいな御殿があって、どんな美しい人々が住んでいるか、だれも知ったものがなかったのです。旅人は、お城の門を通り過ぎるときに、足を止めてお城のあちらを仰ぎました。けれど、そこからは、なにも見ることができませんでした。・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・…… 昔、支那に、ある天子さまがあって、すべての国をたいらげられて、りっぱな御殿を建てて、栄誉・栄華な日を送られました。天子さまはなにひとつ自分の思うままにならぬものもなければ、またなにひとつ不足というものもないにつけて、どうかしてでき・・・ 小川未明 「不死の薬」
・・・どうか、せっかく使いにまいった私の顔をたてて、あの馬車に乗って、一刻も早く大尽の御殿へいらしてください。いまごろ大尽は、あなたの見えるのをお待ちでございます。」と、男はいいました。 あちらに、草の上にすわって、手に笛を持っておとなしく、・・・ 小川未明 「港に着いた黒んぼ」
・・・上から下まできれいな彫り飾りがついたりしていて、ウイリイたちのぼろぼろの家と比べると、小さいながら、まるで御殿のように立派な家でした。 ところが、その家には窓が一つもなくて、ただ屋根の下の、高いところに戸口がたった一つついているきりです・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・そして夜になると、みんなをつれて王さまの御殿へいって、どうか私に、王女さまの番をさせて下さいましと申しこみました。 王さまはこころよく王子と家来とを一と間におとおしになりました。 王子はそのまえに、三人に向って、どんなことがあっても・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・若しスバーが水のニムフであったなら、彼女は、蛇の冠についている宝玉を持って埠頭へと、静かに川から現れたでしょうに、そうなると、プラタプは詰らない釣などは止めてしまい、水の世界へ泳ぎ入って、銀の御殿の黄金作りの寝台の上に、誰あろう、この小さい・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・まさか、吉田御殿とは言わない。だって、僕は、男だもの。」「どうだか。」Kは、きつい顔をする。「Kは、僕を憎んでいる。僕の八方美人を憎んでいる。ああ、わかった。Kは、僕の強さを信じている。僕の才を買いかぶっている。そうして、僕の努力を・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・ 文科の某教授がとった、池を中心とした写真が、何枚か今のバラック御殿のびかんにかかっている。今ではもう歴史的のものになってしまった。私はいつか、大学百景といったような版画のシリーズを作ったらおもしろいだろうと思った事があった。もしそ・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・そしてその声が実際幽咽するとでもいうのか、どこか奥深い御殿のずっと奥の方から遥かに響いて来るような籠った声である。これは歌う人が口をあまり十分に開かず、唇もそんなに動かさずに、口の中で歌っているせいかもしれない、始めの独唱のときは、どの人が・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 約束の日に白山御殿町のケーベルさんの家を捜して植物園の裏手をうろついて歩いた。かなり暑い日で近辺の森からは蝉の声が降るように聞こえていたと思う。 若い男の西洋人が取り次ぎに出た。書斎のような所へ通されると、すぐにケーベルさんが出て・・・ 寺田寅彦 「二十四年前」
出典:青空文庫