・・・ よし、それとても朧気ながら、彼処なる本堂と、向って右の方に唐戸一枚隔てたる夫人堂の大なる御廚子の裡に、綾の几帳の蔭なりし、跪ける幼きものには、すらすらと丈高う、御髪の艶に星一ツ晃々と輝くや、ふと差覗くかとして、拝まれたまいぬ。浮べる眉・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・…… ただこの観世音の麗相を、やや細面にして、玉の皓きがごとく、そして御髪が黒く、やっぱり唇は一点の紅である。 その明神は、白鷺の月冠をめしている。白衣で、袴は、白とも、緋ともいうが、夜の花の朧と思え。…… どの道、巌の奥殿の扉・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・白木一彫、群青の御髪にして、一点の朱の唇、打微笑みつつ、爺を、銑吉を、見そなわす。「南無普門品第二十五。」「失礼だけれど、准胝観音でいらっしゃるね。」「はあい、そうでがすべ。和尚どのが、覚えにくい名を称えさっしゃる。南無普門品第・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
出典:青空文庫