・・・じゃ忘年会ということにして……」 天辰の主人の思いがけない陽気な声に弾まされて、ガヤガヤと二階へ上る階段の途中で、いきなりマダムに腕を抓られた。ふと五年前の夏が想い出されて、遠い想いだった。 けれど、やがて妹が運んで来た鍋で、砂糖な・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 酔った上のご冗談でも何でも無く、ほんとうに、それから四、五日経って、まあ、あつかましくも、こんどはお友だちを三人も連れて来て、きょうは病院の忘年会があって、今夜はこれからお宅で二次会をひらきます、奥さん、大いに今から徹夜で飲みましょう・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・きょうは会社に出勤、忘年会とか、いちいち社員から会費を集めている。酒盛り。ぼくは酒ぐせ悪いとの理由で、禁酒を命じられ、つまらないので、三時間位、白い壁の天井を眺めながら、皆の馬鹿話を聞いていました。それから御得意に挨拶に行き、会員、主任のう・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 四、五日前役所で忘年会の廻状がまわった。会費は年末賞与の三プロセント、但し賞与なかりし者は金弐円也とあった。自分は試験の準備でだいぶ役所も休んだために、賞与は受けなかったが、廻状の但し書が妙に可笑しかったからつい出掛ける気になって出席・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・ 暮に押し詰まって、毎晩のように忘年会の大一座があって、女中達は目の廻るように忙しい頃の事であった。或る晩例の目刺の一疋になって寝ているお金が、夜なかにふいと目を醒ました。外の女ならこんな時手水にでも起きるのだが、お金は小用の遠い性で、・・・ 森鴎外 「心中」
出典:青空文庫