・・・と、男は寂しそうに笑い乍ら答えた。「むむ、尺八が吹けるね。それ見給え、そういう芸があるなら売るが可じゃないか。売るべし。売るべし。無くてさえ売ろうという今の世の中に、有っても隠して持ってるなんて、そんな君のような人があるものか。では斯う・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・老人は胸の詰まっているような、強情らしい声で答えた。もっと大男の出しそうな声であった。「お前さんは息張っているから行けない。つい這入って行けば好いに。」「いやだ。それに己はまだ一マルク二十ペンニヒここに持っている。実は二マルク四十ペ・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・とウイリイは答えました。「それでは私の大男のいるところはどうしてとおりぬけたのです。」と王女は聞きました。「パンをどっさりやりました。」「毒蛇と竜の前は?」「みんなが寝ているときにとおりました。」「あなたは一たい何のため・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ これこそはそのわかいおかあさんにはいちばんつらい問いであるので、答えることができませんかった。おとうさんはおかあさんよりもっと深い悲しみを持って、今は遠い外国に行っているのでした。 ミシンはすこし損じてはいますが、それでも縫い進み・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・よってこれに答えて曰く。この文をもってこの挙あり。なんぞ詢るの用あらん。しかるに詢る。余いずくんぞ一言なきを得んや。古人初めて陳ぶるに臨まば奇功多からざらんを欲す。その小成に安んずるをおそるるなり。今君は弱冠にして奇功多し。願わくは他日忸れ・・・ 田口卯吉 「将来の日本」
・・・自分に問をかけても見ました、が、合点の行く答えは、何処からも来ません。 或る満月の晩おそく、彼女は静かに部屋の戸を開けて、こわごわ戸外を覗いて見ました。淋しいスバーと同じように、彼女自身満月の自然は、凝っと眠った地上を見下しています。ス・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・とやはり大声で答えて、それから、またじゃぶじゃぶ洗濯をつづけ、「酒好きの人は、酒屋の前を通ると、ぞっとするほど、いやな気がするもんでしょう? あれと同じじゃ。」と普通の声で言って、笑って居るらしく、少しいかっている肩がひくひく動いて居ま・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・迫害者に対しては常に受動的であり、教えを乞う者にはどんな馬鹿な質問にでも真面目に親切に答えている。 智能の世界においての貴族である彼は社会の一員としては生粋のデモクラットである。国家というものは、彼にとってはそれ自身が目的でも何でもない・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・雪江は口のうちで答えていた。「お父さんを楽させてあげんならんのやけれどな、そこまではいきませんのや」彼女はまた寂しい表情をした。「どのくらい収入があるのかね」「いくらもありゃしませんけれどな、お金なぞたんと要らん思う。私はこれで・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ 私は林が何と答えてくれるだろうと思った。また犬の頭をなでている女中さんも、うしろにたってみている子供たちも、一緒に林の顔を見ていた。「ええ」 すると林は、それだけだが、非常にはっきりと、顔をあげて言ったのだった。私はその瞬間、・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
出典:青空文庫