・・・――町のちゃら金の店を覗くと、出窓の処に、忠臣蔵の雪の夜討の炭部屋の立盤子を飾って、碁盤が二三台。客は居ません。ちゃら金が、碁盤の前で、何だか古い帳面を繰っておりましたっけ。金歯で呼込んで、家内が留守で蕎麦を取る処だ、といって、一つ食わして・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ その前夜、東京に夜間の焼夷弾の大空襲があって、丸山君は、忠臣蔵の討入のような、ものものしい刺子の火事場装束で、私を誘いにやって来た。ちょうどその時、伊馬春部君も、これが最後かも知れぬと拙宅へ鉄かぶとを背負って遊びにやって来ていて、私と・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・ 四 忠臣蔵 日活の今度の大仕掛けの忠臣蔵は前半「刃傷編」を見ただけである。なるほど数年前の時代活劇から比べるとだいぶ進歩したものだと思われる点はいろいろある。たとえば、勅使接待の能楽を舞台背景と番組書だけで見せたり・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ジグスとマギーの漫画のようなものもそうであり、お伽噺や忠臣蔵や水戸黄門の講談のようなものもその類である。云わば米の飯や煙草のようなものになってしまうのかもしれない。そうなってしまえば、もうジャーナリズム的批評の圏外に出てしまって土に根を下ろ・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・ 映画としてのこの絵巻のストーリーは、猿蟹合戦より忠臣蔵に至るあらゆる仇打ち物語に典型的な型式を具えている。はじめは仇打ち事件の素因への道行であり、次に第一のクライマックスの殺し場がある。その次に復讐への径路があって第二の頂点仇打ちの場・・・ 寺田寅彦 「山中常盤双紙」
・・・――父の病気に対する『愛なき恐れ』、金に対する不安、母の辛苦、不孝のために失われたる親子の愛情、学業に対する不忠実、このようなものが入り乱れている頭には、この大芝居の忠臣蔵もおもしろいはずはない。しかし芝居のようなざわざわしている所がいちば・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・大弓を提げた偉大の父を真先に、田崎と喜助が二人して、倒に獲物を吊した天秤棒をかつぎ、其の後に清五郎と安が引続き、積った雪を踏みしだき、隊伍正しく崖の上に立現われた時には、私はふいと、絵本で見る忠臣蔵の行列を思出し、ああ勇しいと感じた。然し真・・・ 永井荷風 「狐」
・・・東の方は本郷と相対して富坂をひかえ、北は氷川の森を望んで極楽水へと下って行き、西は丘陵の延長が鐘の音で名高い目白台から、『忠臣蔵』で知らぬものはない高田の馬場へと続いている。 この地勢と同じように、私の幼い時の幸福なる記憶もこの伝通院の・・・ 永井荷風 「伝通院」
出典:青空文庫