・・・財産とともに道徳心をも失った貧民と売淫婦との急激なる増加は何を語るか。はたまた今日我邦において、その法律の規定している罪人の数が驚くべき勢いをもって増してきた結果、ついにみすみすその国法の適用を一部において中止せねばならなくなっている事実(・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 事変が戦争に変ると、私の髪は急激に流行はずれになってしまった。町にも村にも丸刈りが氾濫して、猫も杓子も丸坊主、丸坊主でなければ人にあらずという風景が描き出された。 このような時に依然として長髪を守って行くことは相当の覚悟を要した。・・・ 織田作之助 「髪」
・・・山はあるところでは急激な崖になって海に這入り、又あるところは山と山との間の谷間が平かになって入江を形づくり部落と段々畑になった耕地がある。そして島の周囲には、いくつかのより小さい岩の島がある。 私はしかし、小さい頃から和やかな瀬戸内海の・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・ 栗本は、ドキリとした瞬間から、急激に体内の細胞が変化しだしたような気がした。彼はもう失うべき何物もなかった。恐るべき何者もなかった。どうせ死へ追いやられるばかりだ。 彼等は丘を下って行った。胸には強暴な思想と感情がいっぱいにな・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・――そうして急激な勢で文学の方へ出て来るようになったのである。北村君は石坂昌孝氏の娘に方る、みな子さんを娶って、二十五歳の時には早や愛児のふさ子さんが生れて居た。北村君は思い詰めているような人ではあったが、一方には又磊落な、飄逸な処があって・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・と相川は胸を突出して、「この二三年の変化は特に急激なんだろう。こういう世の中に成って来たんだ」「戦争の影響かしら」「無論それもある。それから、君、電車が出来て交通は激しくなる――市区改正の為にどしどし町は変る――東京は今、革命の最中・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・この急激な変化――それを知ってしまえば、心配もなにもなく、ありふれたことだというこの変化を、何の故であるのか、何の為であるのか、それを袖子は知りたかった。事実上の細かい注意を残りなくお初から教えられたにしても、こんな時に母さんでも生きていて・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・いまは、数学が急激に、どんどん変っているときなんだ。過渡期が、はじまっている。世界大戦の終りごろ、一九二〇年ごろから今日まで、約十年の間にそれは、起りつつある。」きのう学校で聞いて来たばかりの講義をそのまま口真似してはじめるのだから、たまっ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・熊本君は、佐伯の急激に高揚した意気込みに圧倒され、しぶしぶ立って、「僕は事情をよく知らんのですからね、ほんのお附合いですよ。」「事情なんか、どうだっていいじゃないか。僕の出発を、君は喜んでくれないのか? 君は、エゴイストだ。」「いや・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・という抽象的な悲しみに、急激に襲われたためだと思う。特に私を選んで泣いたのでは無いと、わかっていながら、それでも、強く私は胸を突かれた。も少し、親しくして置けばよかったと思った。 これだけのことでも、やはり、「のろけ」という事になるので・・・ 太宰治 「俗天使」
出典:青空文庫