・・・唯もう少し簡潔であれば、…… 或孝行者 彼は彼の母に孝行した、勿論愛撫や接吻が未亡人だった彼の母を性的に慰めるのを承知しながら。 或悪魔主義者 彼は悪魔主義の詩人だった。が、勿論実生活の上では安全地帯・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・僕は彼等を見ているうちに少くとも息子は性的にも母親に慰めを与えていることを意識しているのに気づき出した。それは僕にも覚えのある親和力の一例に違いなかった。同時に又現世を地獄にする或意志の一例にも違いなかった。しかし、――僕は又苦しみに陥るの・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ひそかに抱いていた性的なものへの嫌悪に逆に作用された捨鉢な好奇心からだった。自虐めいたいやな気持で楽天地から出てきたとたん、思いがけなくぱったり紀代子に出くわしてしまった。変な好奇心からミイラなどを見てきたのを見抜かれたとみるみる赧くなった・・・ 織田作之助 「雨」
・・・校長は彼女の美貌と性的魅力に参ってしまったのだ。「救いがたい悪癖」と言っているが、しかしこの悪癖が校長を満足させたのだ。だから上京すると言われて驚き、じゃ時々東京で会うことにしよう。上京した彼女が一先ず落ち着いた所は、ところもあろうに昔彼女・・・ 織田作之助 「世相」
・・・この天与の性的要求の自由性と、人間生活の理想との間に矛盾が起こるのはむしろ当然のことである。この際自由の抑制、すなわち善というわけにいかぬものがある。 この男性にあらわれる生活精力上、審美上、優生学上の天然の意志については、婦人は簡単に・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・アレキサンダーがペルシアの女との恋愛のために遠征を忘れ、スピノーザが性的孤独のために思索を怠り、ダヌンチオがフューメの女を恋するあまり戦いを捨てるようなことがあったとしたら、われわれは彼らのためにそれを惜しまずにはおられないであろう。 ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・「性的衝動に基づく男女間の愛情。すなわち、愛する異性と一体になろうとする特殊な性的愛。」 しかし、この定義はあいまいである。「愛する異性」とは、どんなものか。「愛する」という感情は、異性間に於いて、「恋愛」以前にまた別個に存在してい・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・「尤も生徒の個性的傾向は無論考えなければならない。通例そのような傾向は、かなりに早くから現われるものである。それだから自分の案では、中等学校の三年頃からそれぞれの方面に分派させるがいいと思う。その前に教える事は極めて基礎的なところだけを・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・あひるの場合でもやはりいわゆる年ごろにならないと、雌雄の差による内分泌の分化が起こらないために、その性的差別に相当する外貌上の区別が判然と分化しないものと見える。それだのに体量だけはわずかの間に莫大な増加を見せて、今では白の母鳥のほうがかえ・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・中でいちばん年とった純下町型のYどんは時々露骨に性的な話題を持ち出して若い文学少年たちから憤慨排斥された。夜の三時ごろまでも表の人通りが絶えず、カンテラの油煙が渦巻いていた。明け方近くなっても時々郵便局の馬車がけたたましい鈴の音を立てて三原・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
出典:青空文庫