・・・これらの映画を見ることはすなわち観客みずから踊り歌い、放縦な高速度恋愛をし、やたらにピストルをぶっ放すことなのである。酒の自由に飲めない彼らは、かかる映画の上に自分を投射して、そこに酌みかわされる美禄に酔うのである。これらの点でこれらの映画・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・ 恋愛に関する西鶴の考えにもかなり独自なものがあり、伝統的な性の道徳に批判的の眼を向けていたように思われる。その一例とも見られるのは、『諸国咄』の中の「忍び扇の長歌」に、ある高貴な姫君と身分の低い男との恋愛事件が暴露して男は即座に成敗さ・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・双方の精神的理解、これがないというと、それはつまり野合の恋愛であって――」 石の卓に片肘をついている深水の演説口調を、三吉はやめさせたいが、彼女は上体をおこして真顔できいている。たかい鼻と、やや大きな口とが、すこしらくにみられた。三吉は・・・ 徳永直 「白い道」
・・・健全なる某帝国の法律が恋愛と婦人に関する一切の芸術をポルノグラフィイと見なすのも思えば無理もない次第である――議論が思わず岐路へそれた――妾宅の主人たる珍々先生はかくの如くに社会の輿論の極端にも厳格枯淡偏狭単一なるに反して、これはまた極端に・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・恋愛と睡眠の時間。われわれが生存の最も楽しい時間を知るのは寝床である。寝床は神聖だ。地上の最も楽しく最も好いものとして敬い尊び愛さねばならぬものだ。それ故私は旅館の寝床の毛布を引捲る時にはいつも嫌悪の情に身を顫わす。ここで昨夜は誰れ・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・それからしてジャーナリスト等は、三角関係の恋愛や情死者等を揶揄してニイチェストと呼んだ。 何故にニイチェは、かくも甚だしく日本で理解されないだらうか。前にも既に書いた通り、その理由はニイチェが難解だからである。たしかメレヂコフスキイだか・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・まだ人生と恋愛とが未来であった十七歳の青年の心持に、ただの二三十分間でもいいから戻ってみたい。あのマドレエヌに逢ってみたらイソダンで感じたように楽しい疑懼に伴う熱烈な欲望が今一度味われはすまいか。本当にあのマドレエヌが昔のままで少しも変らず・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
恋愛は、実に熱烈で霊感的な畏ろしいものです。 人間の棲む到る処に恋愛の事件があり、個人の伝記には必ずその人の恋愛問題が含まれてはいますが、人類全般、個人の全生活を通観すると、それらは、強いが烈しいが、過程的な一つの現象・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・又とあるまい。それも夫婦の義務の鎖に繋がれていてする、イブセンの謂う幽霊に祟られていてすると云うなら、別問題であろう。この場合にそれはない。又恋愛の欲望の鞭でむちうたれていてすると云うなら、それも別問題であろう。この場合に果してそれがあろう・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・宮廷には父王とその千人の妃があり、それに対して新王は、恋愛のことにははなはだ理想主義的であって、理想の女のほかには妃嬪を寄せつけない。ついに新王は、さまざまの冒険の後に、理想の王女を遠い異国から連れてくる。この美しい妃が女主人公なのである。・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫