・・・僕はなんだか息苦しい気持ちがした。ふたり一緒に銭湯屋を出て、みちみち彼はこんなことを呟いた。「はだかのすがたを見ないうちは気を許せないのです。いいえ。男と男とのあいだのことですよ。」 その日、僕は誘われるがままに、また青扇のもとを訪・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ 佐橋と阿部とは生きかたに於て正反対であるけれども、それはやはり飽く迄性格的なものとして見られていて、作者は、佐橋の朝鮮までの高とびの因子が、到るところに垣を結っている息苦しいその時代の君臣関係の、臣として求められる限界性への反作用とい・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・そして、或る雪の降る日、自分の息苦しい生活から、雪の外気へとび出るような気持で家を出て、芝白金の方のかの子さんの家をさがした。坂の裏側の町筋へ出てしまったかで、俥が雪の細い坂をのぼれず、妙なところでおりて、家へ辿りついた。小ぢんまりしたあた・・・ 宮本百合子 「作品の血脈」
・・・これまでの文学とその作者の日常生活の中では目に入れられなかった大都会のはしはしの、不潔な、日夜雑沓し、工場の黒煙濛々たる労働者街の自然、激しい汗を流させる労働の対象としての自然が、その息苦しい、だがバルザックを恐怖させた底力をもって、歴史を・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・更につきつめればその苦しさにさえ云いあらわせない生の歓びが脈うって胸にこみあげて来るような息苦しい心持を、果してどうあらわしたらよかっただろう。 女学校の学課はその混乱に対して全く何の力もなかった。大正初めのその頃文学好きな人は殆どみん・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・ 文学が自立性を失って、ほんとうの意味で作家の生活感情からの動機なしにつくられてゆくこの気風は、当時世相を蔽うた一種の息苦しい不安と結びついて、作家の動きに顕著な心理を現した。かつての純文学の作家・評論家が自己への信頼を失うとともに文学・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・自分の欲求や野心から発する息苦しい熱ではなくて、それ等を極みない白銀の雰囲気の裡に、たとい瞬間なりとも消滅させる静謐な光輝である。秋とともに在って、私は無私を感ずる。人と人との煩瑣な関係に於ても、彼我を越えた心と心との有様を眺める。心が宇宙・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
・・・紫紬の羽織を着た先生の目が席を一わたり見まわすとき、いつもそこには何ともいえないいやな息苦しいような沈黙と緊張があるのであった。そのままピアノが鳴り出せば、ほっとして発声の練習に入るのであったが、さもないときは、焦立たしさを仄めかした眉目の・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・そして、息苦しい室内に集って真理を擁護しながら議論をわき立たせるこれら一団の人々が、よりよい人間の生活の招来のために献身していること、彼等の言葉の中には彼の無言の思いも響いていることを感じ「自由を約束された囚人のような狂喜で」これらの人々に・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・そして、息苦しい室内に集って真理を擁護しながら議論をわき立たせるこれら一団の人々が、よりよい人間の生活の招来のために献身していること、彼等の言葉の中には彼の無言の思いも響いていることを感じ、自由を約束された囚人のような狂喜でこれらの人々に対・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
出典:青空文庫