・・・ 吉助「えす・きりすと様、さんた・まりや姫に恋をなされ、焦れ死に果てさせ給うたによって、われと同じ苦しみに悩むものを、救うてとらしょうと思召し、宗門神となられたげでござる。」 奉行「その方はいずこの何ものより、さような教を伝授された・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・ 伝え聞く、摩耶山とうりてんのうじ夫人堂の御像は、その昔梁の武帝、女人の産に悩む者あるを憐み、仏母摩耶夫人の影像を造りて大功徳を修しけるを、空海上人入唐の時、我が朝に斎き帰りしものとよ。 知ることの浅く、尋ぬること怠るか、はたそれ詣・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・夜が永いのに眠られないで悩むのですから、どんなに辛いか分りません。話といったってねえ、新さん、酷く神経が鋭くなってて、もう何ですよ、新聞の雑報を聞かしてあげても泣くんですもの。何かねえ、小鳥の事か、木の実の話でもッておっしゃるけれど、どうい・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・撫子指を打って悩む。欣弥 私は、俺は、婦の後へは駈出せない、早く。撫子 欣弥 早く、さあ早く。撫子 (門太夫さん……姉さん。白糸 お放し!撫子 いいえ。大正五年二月・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・お雪はそんな中にも、極が悪かったと見え、ぼんやり顔をば赧らめまして、あわれ霜に悩む秋の葉は美しく、蒲団の傍へ坐りました。「お雪さん、嬉しいでしょう。」 亭主までが嬉しそうに、莞爾々々して、「よくお礼を申上げな。」 と言うので・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・故に、たとえ悲しみに沈み、思いに悩む人も、真に其の悲しみというものを感じ、心に味い得た人は、やはり、其処に生きているだけの果いがあるのだ、いくら、富有な境遇に在ても夢のような生活を送っている人もある。 人生の生活というものは、必ずしも時・・・ 小川未明 「夕暮の窓より」
・・・女の生理の悲しさについて深刻に悩むことなぞありゃしない、俺を驚かせた照井静子の奔放な性生活なぞこの女に較べれば、長襦袢の前のしみったれた安パジャマに過ぎないぞ。そう思うことによって、私は静子の肉体への嫉妬から血路を開こうとした。お定を描こう・・・ 織田作之助 「世相」
・・・「ト云うと天覧を仰ぐということが無理なことになるが、今更野暮を云っても何の役にも立たぬ。悩むがよいサ。苦むがよいサ。」と断崖から取って投げたように言って、中村は豪然として威張った。 若崎は勃然として、「知れたことサ。」と・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・口には云わず心配の多い母、自然の足許に、此も無言の裡に悩む一人の娘が、いつまでも立っていました。 彼女を結婚させなければならないと云うことは、スバーの両親にとって、一方ならない苦労でした。近所の人達は、親の責任を果さないと云って、悪く云・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・んでいまして、いや、或いは村の人たちがそのように評判するのを聞いて、自分もいつしかそんな工合の気持になったのか、何といってもそこは子供でございますから、お綺麗なお方だと思い込んでも、別段、それに就いて悩むなどという深刻な事はなく、まあ、漠然・・・ 太宰治 「男女同権」
出典:青空文庫