・・・それ等の敵と呼ばれるものは少くとも僕には感受性や理智の異名に外ならなかった。が、伝統的精神もやはり近代的精神のようにやはり僕を不幸にするのは愈僕にはたまらなかった。僕はこの本を手にしたまま、ふといつかペン・ネエムに用いた「寿陵余子」と云う言・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・小林秀雄が志賀直哉論を書いて、彼の近代人としての感受性の可能性を志賀直哉の眼の中にノスタルジアしたことは、その限りに於ては正しかったが、しかし、この志賀直哉論を小林秀雄の可能性のノスタルジアを見ずに、直ちに志賀直哉文学の絶対的評価として受け・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・流れ流れて仮寝の宿に転がる姿を書く時だけが、私の文章の生き生きする瞬間であり、体系や思想を持たぬ自分の感受性を、唯一所に沈潜することによって傷つくことから守ろうとする走馬燈のような時の場所のめまぐるしい変化だけが、阿呆の一つ覚えの覘いであっ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・しかし、かえりみれば、私という人間の感受性は、小説を書くためにのみ存在しているのだと今はむしろ宿命的なものさえ考えている。 こうした考え方は、誇張であろう。しかし、誇張でないいかなる文学があろうか。最近よんだ作品の中で、最も誇張でない秋・・・ 織田作之助 「私の文学」
・・・ そのわけは近代的な思想や、感覚に強い感受性を持っているということは、生命力の活々しさと頭の鋭さとを示すものであるのに、それがまた一見古臭く、迷信的に見える宗教に深い関心をもっているというのは、生命の神秘に対する直観力があるからであって・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 結局は、私ひまなもんだから、生活の苦労がないもんだから、毎日、幾百、幾千の見たり聞いたりの感受性の処理が出来なくなって、ポカンとしているうちに、そいつらが、お化けみたいな顔になってポカポカ浮いて来るのではないのかしら。 食堂で、ご・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・頭の悪く、感受性の鈍く、ただ、おれが、おれが、で明け暮れして、そうして一番になりたいだけで、どだい、目的のためには手段を問わないのは、彼ら腕力家の特徴ではあるが、カンシャクみたいなものを起して、おしっこの出たいのを我慢し、中腰になって、彼は・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・いや、感受性だ。それは、ちょっと驚異だ。僕は、ほとんど、どんな女にでも、いい加減な挨拶で応対して、また、それでちょうどいいのだが、あなたにだけは、それができない。あなたは、わかるからだ。油断ならない。なぜだろう。そんな例外は、ない筈なんだ。・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・だからですね、余りに感受性の強い人間は、他人の苦痛がわかるので、容易に卒直になれない。卒直なんてのは、これは、暴力ですよ。だから僕は、老大家たちが好きになれないんだ。ただ、あいつらの腕力が、こわいだけだ。(狼なんて乱暴な事を平然と言い出しそ・・・ 太宰治 「渡り鳥」
・・・すなわち芸術に対する感受性は必ずしも各人に普遍的なものではないから、ヴィエイが感得しないある物をケラーが感じるという可能性は残っている。 ヘレン・ケラーは生後十八ヶ月目に重い病のために彼女の魂と外界との交通に最も大切な二つの窓を釘付けさ・・・ 寺田寅彦 「鸚鵡のイズム」
出典:青空文庫