・・・妾、とても、感激しましたわ」 東京弁をまじえて、笑いもせずにいっている。そのあいての顔から視線をはずしているのに、口から鼻のまわりへかけてゆれうごくものが、三吉の頭の中にある彼女の幻影を、むざんにうちくだいてゆくのが、ありありとわかった・・・ 徳永直 「白い道」
・・・わたくしは上陸したその瞬間から唯物珍らしいというよりも、何やら最少し深刻な感激に打たれていたのであった。その頃にはエキゾチズムという語はまだ知ろうはずもなかったので、わたくしは官覚の興奮していることだけは心づいていながら、これを自覚しこれを・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・ルッソオ出でて始めて思想は一変し、シャトオブリアンやラマルチンやユウゴオらの感激によって自然は始めて人間に近付けられた。最初希臘芸術によって、diviniseされた自然、仏蘭西古典文学によって度外視された自然は、ロマンチズムの熱情によって始・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・ さて当時は理想を目前に置き、自分の理想を実現しようと一種の感激を前に置いてやるから、一種の感激教育となりまして、知の方は主でなく、インスピレーションともいうような情緒の教育でありました。なんでも出来ると思う、精神一到何事不成というよう・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・ければならん、完全の域に進まなければならんと云う内部の刺激やら外部の鞭撻があるから、模倣という意味は離れますまいが、その代り生活全体としては、向上の精神に富んだ気概の強い邁往の勇を鼓舞されるような一種感激性の活計を営むようになります。また社・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・彼等の中で、比較的忠実に読んだ人さへが、単なる英雄主義者として、反キリストや反道徳の痛快なヒーローとして、単純な感激性で崇拝して居たこと、あたかも大正期の文壇でトルストイやドストイェフスキイやを、単なる救世軍の大将として、白樺派の人々が崇拝・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・私共は閣下の勲章を仰ぎますごとに実に感激してなみだがでたりのどが鳴ったりするのであります。」大将「ふん、それはそうじゃろう。」特務曹長「然るに私共は未だ不幸にしてその機会を得ず充分適格に閣下の勲章を拝見するの光栄を所有しなかったので・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・ 私は此上ない愛情と打ちまかせた心とで木を見て居るうちに、押えられない感激が染々と心の奥から湧いて、彼の葉の末から彼方に一つ離れて居る一つ葉の端にまで、自分の心が拡がり籠って居る様になって来る。 彼の木は静かである。 私の心も静・・・ 宮本百合子 「雨が降って居る」
・・・忠臣孝子義士節婦の笑う可く泣く可く驚く可く歎ず可き物語が、朗々たる音吐を以て演出せられて、処女のように純潔無垢な将軍の空想を刺戟して、将軍に睡壺を撃砕する底の感激を起さしめたのである。畑はこの時から浪花節の愛好者となり浪花節語りの保護者とな・・・ 森鴎外 「余興」
・・・並みはずれた感激に対する熱情もようやく醒めて来た。ここにニイチェのいわゆる Die Trene gegen die Vorzeit が萌す。 ついに彼女は偉大なる芸術の伝統に対する Heimweh を起こした。古来の芸術の手法を恋い初め・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫