・・・と母との間には、夫婦としての愛着が純一であればあるほど、むきな衝突が頻々とあって、今思えばその原因はいろいろ伝統的な親族間の紛糾だの、姑とのいきさつだの、青春時代から母の精神に鬱積していた女性としての憤懣の時ならぬ爆発やらであったわけだが、・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・その他が生の緊張の美として一つのセンセーションを起し癩文学という通俗の呼び名が作者たちの忿懣を招いたこともあった。 現代のヒューマニズムは頽廃の中にあるとする高見順は、「描写のうしろに寝ていられない」という自身の理解から「十九世紀的な客・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ そして、人と話し、人と笑いしている間に、いつともなく緩められて行くいろいろの感情、特に空想や、漠然とした哀愁、憤懣などは、皆彼女の内へ内へとめりこんで来、そのどうにかならずにいられない勢が、彼女の現在の生活からは最も遠い、未知の世界で・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・にいた父が留守中に妻が洋画の稽古をはじめることを賛成しないのは、母が若いのに、教師が男だからというのが真実の理由だと理解していた母は、女に対しては、そんな片手おちを強いるものの考えかたに対して、一種の憤懣を抱いていたことも察しられる。 ・・・ 宮本百合子 「母」
・・・バルザックの全生涯、全芸術の最も大きな骨組みをなす矛盾は、彼が自身の現実生活で満喫した社会悪、階級権力の偽瞞に対し常に熱のつよい憤懣の状態にあり、この社会を人間の生産力、才能その他を活かし得るところとするためには「社会科学を全くつくりかえね・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・そして、更に、如何にも彼自身がインテリゲンツィアであること、インテリゲンツィアが彼自身の怠け者の同族に向って感じる厭悪と憤懣とを制せられぬ口調で云っている。「あの手合いのようなお喋りを読む時、露骨に嫌悪を感じます。熱のある患者は食物を摂りた・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・わたし達が女とし、作家として真に恥ずべきは、文学的労作をもふくむ現実の生活の中でその矛盾の探求を放擲したり、生活そのものは人間として当然憤懣を感じるべき種類の重圧の下におかれていながら、今日では未だ支配的な階級の文学に作家的努力の方向で無内・・・ 宮本百合子 「見落されている急所」
・・・○p.229 位階あるものが能ある者に対する憤懣。これが十九世紀を悒ウツにしている。○p.274 エスイタ式教育のギセイになっていた。つまり、彼女は自らを欺いたのだ 彼女はサクレ・クールでひとを欺く術を習った。○・・・ 宮本百合子 「「緑の騎士」ノート」
・・・義務が事実として証拠立てられるものでないと云うことだけ分かって、怪物扱い、幽霊扱いにするイブセンの芝居なんぞを見る度に、僕は憤懣に堪えない。破壊は免るべからざる破壊かも知れない。しかしその跡には果してなんにもないのか。手に取られない、微かな・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ ナポレオンはデクレスが帰ると、忿懣の色を表してひとり自分の寝室へ戻って来た。だが彼はこの大遠征の計画の裏に、絶えず自分のルイザに対する弱い歓心が潜んでいたのを考えた。殊にそのため部下の諸将と争わなければならなかったこの夜の会議の終局を・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫