・・・ さそくに後を犇と閉め、立花は掌に据えて、瞳を寄せると、軽く捻った懐紙、二隅へはたりと解けて、三ツ美く包んだのは、菓子である。 と見ると、白と紅なり。「はてな。」 立花は思わず、膝をついて、天井を仰いだが、板か、壁か明かなら・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・――藁すべで、前刻のような人形を九つ、お前さん、――そこで、その懐紙を、引裂いて、ちょっと包めた分が、白くなるから、妙に三人の女に見えるじゃありませんか。 敷居際へ、――炉端のようなおなじ恰好に、ごろんと順に寝かして、三度ばかり、上から・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 憚り多いが、霊容の、今度は、作を見ようとして、御廚子に寄せた目に、ふと卯の花の白い奥に、ものを忍ばすようにして、供物をした、二つ折の懐紙を視た。備えたのはビスケットである。これはいささか稚気を帯びた。が、にれぜん河のほとり、菩提樹の蔭・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・が、もう床が取ってある…… 枕元の火鉢に、はかり炭を継いで、目の破れた金網を斜に載せて、お千さんが懐紙であおぎながら、豌豆餅を焼いてくれた。 そして熱いのを口で吹いて、嬉しそうな宗吉に、浦里の話をした。 お千は、それよりも美しく・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・これがために、紫玉は手を掛けた懐紙を、余儀なくちょっと逡巡った。 同時に、あらぬ方に蒼と面を背けた。 六 紫玉は待兼ねたように懐紙を重ねて、伯爵、を清めながら、森の径へ行きましたか、坊主は、と訊いた。父も娘も・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・泥のままのと、一笊は、藍浅く、颯と青に洗上げたのを、ころころと三つばかり、お町が取って、七輪へ載せ、尉を払い、火箸であしらい、媚かしい端折のまま、懐紙で煽ぐのに、手巾で軽く髪の艶を庇ったので、ほんのりと珊瑚の透くのが、三杯目の硝子盃に透いて・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ あわれ、着た衣は雪の下なる薄もみじで、膚の雪が、かえって薄もみじを包んだかと思う、深く脱いだ襟脚を、すらりと引いて掻き合わすと、ぼっとりとして膝近だった懐紙を取って、くるくると丸げて、掌を拭いて落としたのが、畳へ白粉のこぼれるようであ・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ と教授が我が手で、その戸を開けてやりつつ、「こっちへお出で、かけてやろう。さ。」「は。」「可いか、十分に……」「あれ、どうしましょう、勿体ない、私は罰が当ります。」 懐紙に二階の影が散る。……高い廊下をちらちらと燭・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・「まあお聞きそれから縞のお召縮緬、裏に紫縮緬の附いた寝衣だったそうだ、そいつを着て、紅梅の扱帯をしめて、蒲団の上で片膝を立てると、お前、後毛を掻上げて、懐紙で白粉をあっちこっち、拭いて取る内に、唇に障るとちょいと紅が附いたろう。お小姓が・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ お駄賃に、懐紙に包んだのを白銅製のものかと思うと、銀の小粒で……宿の勘定前だから、怪しからず気前が好い。 女の子は、半分気味の悪そうに狐に魅まれでもしたように掌に受けると――二人を、山裾のこの坂口まで、導いて、上へ指さしをした――・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
出典:青空文庫