・・・ 波ともいわれない水の襞が、あちらの岸からこちらの岸へと寄せて来る毎に、まだ生え換らない葦が控え目がちにサヤサヤ……サヤサヤ……と戦ぎ、フト飛び立った鶺鴒が小波の影を追うように、スーイスーイと身を翻す。 ところどころ崩れ落ちて、水に・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ いやあの青草のまた伸び上る戦ぎであろう。菁は凄に通ずると感じながらその戦ぎを聞いた。 その空家の叢の蔭に、いつからとなく一条草が踏みつけられた。そこから白黒斑の雄犬が一匹私共の家へ来る。自由な、親密な感情を持ったこの動物は、主人が、人・・・ 宮本百合子 「蓮花図」
・・・ 自信のなさということは、娘さんのきょうの不安な戦ぎだと思う。その不安な戦ぎとして、自信のない自分を感じながら、どうかして自信をもちたいと、あちらこちらへそれとない目を走らせていると思う。これでいいというものが掴まれていない。この不安は・・・ 宮本百合子 「若い娘の倫理」
・・・樹木の多いせいか、大きなササラでもすり合わせるような、さっさっさっさっと云う無気味な戦ぎが、津波のように遠くの方から寄せて来ると一緒に、ミシミシミシ柱を鳴して揺れて来る。 廊下に立ったまま、それでも大分落付いて私は、天井や壁を見廻した。・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・ 尤もこの女中は、本能的掃除をしても、「舌の戦ぎ」をしても、活溌で間に合うので、木村は満足している。舌の戦ぎというのは、ロオマンチック時代のある小説家の云った事で、女中が主人の出た迹で、近所をしゃべり廻るのを謂うのである。 木村は何・・・ 森鴎外 「あそび」
出典:青空文庫