・・・ 戦時は艦内の生活万事が平常よりか寛かにしてあるが、この日はことに大目に見てあったからホールの騒ぎは一通りでない。例の椀大のブリキ製の杯、というよりか常は汁椀に使用されているやつで、グイグイあおりながら、ある者は月琴を取り出して俗歌の曲・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・ 俸給が、その時、戦時加俸がついてなんでも、一カ月五円六十銭だった。兵卒はそれだけの金で一カ月の身ざんまいをして行かねばならない。その上、なお一円だけ貯金に、金をとられるのだ。個人的な権限に属することでも、命じられた以上は、他を曲げて実・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 戦時に於ける、反戦文学の主要力点は、こゝに注がれなければならぬ。 プロレタリアートは、××のために起って来る、経済的、政治的危機を××××「資本主義社会の××を迅速ならしめなければならない。」 が、これも、これだけを独立して取・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・第二章 戦時に動員されて簇出した小説 まず、さきに、戦争に動員されて簇出した戦争小説にふれて置きたい。 一八九四年朝鮮に東学党の乱が起って、これが導火線となって日清戦争が勃発するや、国内は戦争気分に瀰漫されるに到った。そ・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・それは脱営になって、脱営は戦時では銃殺に処せられることになっていた。だがそれを内密にすましてその男は処罰されることからは免れた。しかし、その代りとして、四年兵になるまで残しておかれるだろうとは、自他ともに覚悟をしていた。 だが、その男も・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・聞いてみると、これもやはりアメリカの人たちの指導のおかげか、戦前、戦時中のあの野暮ったさは幾分消えて、なんと、なかなか賑やかなもので、突如として教会の鐘のごときものが鳴り出したり、琴の音が響いて来たり、また間断無く外国古典名曲のレコード、ど・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・それは、知識の「大本営発表」である。それは、知識の「戦時日本の新聞」である。 戦時日本の新聞の全紙面に於いて、一つとして信じられるような記事は無かったが、(しかし、私たちはそれを無理に信じて、死ぬつもりでいた。親が破産しかかって、せっぱ・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・ 利欲のほかに何物もない人たちが戦時の風雲に乗じていろいろなきわどい仕事に手を出し、それがほとんど予期されたはずの変動のために倒れたのはどうにもしかたがないとしても、そういう人の妻子の身の上は考えてみれば気の毒である。 突然すぐ前の・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・ しかし、また一方、この同じ心理がたとえば戦時における祖国愛と敵愾心とによって善導されればそれによって国難を救い戦勝の栄冠を獲得せしめることにもなるであろう。 しかしまた、同じような考え方からすれば、結局ナポレオンも、レーニンも、ム・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・大小の軍需成金たちは、戦時利得税や、財産税をのがれるために濫費、買い漁りをしているから、インフレーションは決して緩和されない。却って、最近悪化して来ている。いくら、待遇改善しても、月給は物価に追いつく時は決してない。これがインフレーションの・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
出典:青空文庫