・・・が、わたしの見る夢は画家と云う職業も手伝うのか、大抵色彩のないことはなかった。わたしはある友だちと一しょにある場末のカッフェらしい硝子戸の中へはいって行った。そのまた埃じみた硝子戸の外はちょうど柳の新芽をふいた汽車の踏み切りになっていた。わ・・・ 芥川竜之介 「夢」
・・・帳合いを手伝う。中元の進物の差図をする。――その合間には、じれったそうな顔をして、帳場格子の上にある時計の針ばかり気にしていました。 そう云う苦しい思いをして、やっと店をぬけ出したのは、まだ西日の照りつける、五時少し前でしたが、その時妙・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・母と女中とは前に立ち後ろに立ちして化粧を手伝う事だろう。そう思いながらクララは音を立てないように用心して、かけにくい背中のボタンをかけたりした。そしていつもの習慣通りに小箪笥の引出しから頸飾と指輪との入れてある小箱を取出したが、それはこの際・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・……どれ、(樹の蔭に一むら生茂りたる薄の中より、組立てに交叉したる三脚の竹を取出して据え、次に、その上の円き板を置き、卓子後の烏、この時、三羽とも無言にて近づき、手伝う状にて、二脚のズック製、おなじ組立ての床几を卓子の差向いに置く。・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・「私らに手伝うてもろたら損や思たはるのや。誰が鐚一文でも無心するもんか」 お互いの名を一字ずつとって「蝶柳」と屋号をつけ、いよいよ開店することになった。まだ暑さが去っていなかったこととて思いきって生ビールの樽を仕込んでいた故、はよ売りき・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・いわんやまた趣味には高下もあり優劣もあるから、優越の地に立ちたいという優勝慾も無論手伝うことであって、ここに茶事という孤独的でない会合的の興味ある事が存するにおいては、誰か茶讌を好まぬものがあろう。そしてまた誰か他人の所有に優るところの面白・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ここに黄ばんだしみのあるのも鼠のいたずらじゃないかしらんなど独語を云いながら我も手伝うておおかた三宝の清めも済む。取散らした包紙の黴臭いのは奥の間の縁へほうり出して一ぺん掃除をする。置所から色々の供物を入れた叺を持ってくる。父上はこれに一々・・・ 寺田寅彦 「祭」
・・・もちろんおれも手伝う」 ホモイは泣いて立ちあがりました。兎のお母さんも泣いて二人のあとを追いました。 霧がポシャポシャ降って、もう夜があけかかっています。 狐はまだ網をかけて、樺の木の下にいました。そして三人を見て口を曲げて大声・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ 手伝えって何を手伝うの?」 ブドリがききました。「網掛けさ。」「ここへ網を掛けるの?」「掛けるのさ。」「網をかけて何にするの?」「てぐすを飼うのさ。」見るとすぐブドリの前の栗の木に、二人の男がはしごをかけてのぼって・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・手伝いって何を手伝うの。」「昆布取りさ。」「ここで昆布がとれるの。」「取れるとも。見ろ。折角やってるじゃないか。」 なるほどさっきの二人は一生けん命網をなげたりそれを繰ったりしているようでしたが網も糸も一向見えませんでした。・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
出典:青空文庫