・・・仁右衛門の懐の中には手取り百円の金が暖くしまわれた。彼れは畑にまだしこたま残っている亜麻の事を考えた。彼れは居酒屋に這入った。そこにはK村では見られないような綺麗な顔をした女もいた。仁右衛門の酒は必ずしも彼れをきまった型には酔わせなかった。・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・いいつつ紀州の手取りて連れ帰りぬ。みちみち源叔父は、わが帰りの遅かりしゆえ淋しさに堪えざりしか、夕餉は戸棚に調えおきしものをなどいいいい行けり。紀州は一言もいわず、生憎に嘆息もらすは翁なり。 家に帰るや、炉に火を盛に燃きてそのわきに紀州・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・骨董は古銅の音転などという解は、本を知らずして末に就いて巧解したもので、少し手取り早過ぎた似而非解釈という訳になる。 また、蘇東坡が種の食物を雑え烹て、これを骨董羮といった。その骨董は零雑の義で、あたかも我邦俗のゴッタ煮ゴッタ汁などとい・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・そういう人達はたくさんの召使の女の人にかしずかれて手取り足取りされて、自分の帯を結ぶことも髪をゆう必要もない生活をいたしましたけれども、人間らしさはそのように無視されてきたわけです。 ところが明治の日本になりましてから、いろいろの点で生・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
出典:青空文庫