・・・蓄膿症か何かの手術だったが、――」 和田は老酒をぐいとやってから、妙に考え深い目つきになった。「しかしあの女は面白いやつだ。」「惚れたかね?」 木村は静かにひやかした。「それはあるいは惚れたかも知れない。あるいはまたちっ・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・倚り掛かる所にも、脚の所にも白い革紐が垂れていなくって、金属で拵えた首を持たせる物がなくって、乳色の下鋪の上に固定してある硝子製の脚の尖がなかったなら、これも常の椅子のように見えて、こんなに病院臭く、手術台か何かのようには見えないのだろう。・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ 実は好奇心のゆえに、しかれども予は予が画師たるを利器として、ともかくも口実を設けつつ、予と兄弟もただならざる医学士高峰をしいて、某の日東京府下の一病院において、渠が刀を下すべき、貴船伯爵夫人の手術をば予をして見せしむることを余儀なく・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・蜜柑、林檎の水菓子屋が負けじと立てた高張も、人の目に着く手術であろう。 古靴屋の手に靴は穿かぬが、外套を売る女の、釦きらきらと羅紗の筒袖。小間物店の若い娘が、毛糸の手袋嵌めたのも、寒さを凌ぐとは見えないで、広告めくのが可憐らしい。 ・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・生れて初めて外科の手術を受けたとのことで、「実に聊かな手術なのに……」と苦笑して、その手術の時のことを話された。 軽い手術だから医者は局部注射の必要もないと言ったが、夏目さんは強いてコカエン注射をしてもらった上に、いざ手術に取りかかると・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
たいそう外科的手術を怖ろしがっている、若い婦人がありました。 もし、すこしぐらいの痛さを我慢をして、手術を受けるなら、十分健康を取り返すことができるのを、どうしても、その婦人は、手術を受けることを欲しなかったのです。 季候の変・・・ 小川未明 「世の中のこと」
・・・はだけた寝巻から覗いている胸も手術の跡が醜く窪み、女の胸ではなかった。ふと眼を外らすと、寺田はもう上向けた注射器の底を押して、液を噴き上げていた。すると、嫉妬は空気と共に流れ出し、安心した寺田は一代の腕のカサカサした皮をつまみ上げると、プス・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・チャンスがなかったのだ。手術みたいなものかしら。好奇心の病気! 盲腸という無用の長物に似た神秘のヴェールを切り取る外科手術! 好奇心は満足され、自虐の喜悦、そして「美貌」という素晴らしい子を孕む。しかし必ず死ぬと決った手術だ。 やはり宮・・・ 織田作之助 「好奇心」
・・・幸い一命を取りとめ、手術もせずに全快したのは一枝や、千代やそれから千代の隣の水原芳枝という駅の改札員をしている娘たちの看病の賜といってはいい過ぎだろうか。この三人は小隊長の病気以来ずっとこの家に泊りこんでいるのである。オトラ婆さんだけに小隊・・・ 織田作之助 「電報」
・・・金光教に凝って、お水をいただいたりしているうちに、衰弱がはげしくて、寝付いた時はもう助からぬ状態だと町医者は診た。手術をするにも、この体ではと医者は気の毒がったが、お辰の方から手術もいや、入院もいやと断った。金のこともあった。注射もはじめは・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
出典:青空文庫