・・・それが切っ掛けで腹膜になり、大学病院へ入院した。手術後ぶらぶらしているうちに、胸へ来た。医者代が嵩む一方、店は次第にさびれて行った。まるで嘘のように客が来なかった。このままでは食い込むばかりだと、それがおそろしくなりたまりかねてひそかに店を・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・こんな晩に手術でもしているのだろうかと思った。しかしその人達はそれらしく動きまわる気配もなく依然として寝台のぐるりに凝立していた。 しばらく見ていた後、彼はまた眼を転じてほかの窓を眺めはじめた。洗濯屋の二階には今晩はミシンを踏んでいる男・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ 石炭酸の臭いがプン/\している病院の手術室へ這入ると、武松は、何気なく先生、こんな片身をそぎ取られて、腹に穴があいて、一分間と生きとれるもんですか、ときいた。「勿論即死さ。」 医者は答えた。武松は忽ち元気を横溢さした。「じ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・ 彼等は、ある丘の、もと露西亜軍の兵営だった、煉瓦造りを占領して、掃除をし、板仕切で部屋を細かく分って手術台を据えつけたり、薬品を運びこんだりして、表へは、陸軍病院の板札をかけた。 十一月には雪が降り出した。降った雪は解けず、その上・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・気にかけていたら、きりが無い。手術したって痕が残る。」この友人の右の眼の下には、あずき粒くらいの大きな泣きぼくろが在るのだ。 私は、そんないい加減の言葉では、なぐさめられ切れず、鬱然として顔を仰向け、煙草ばかり吸っていた。 その時で・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・ また私が、五年まえに盲腸を病んで腹膜へも膿がひろがり、手術が少しややこしく、その折に用いた薬品が癖になって、中毒症状を起してしまい、それをなおそうと思って、水上温泉に行き、二、三日は神に祈ってがまんをしたが、苦しさに堪え切れず、水上町・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・すぐに手術された。盲腸炎である。医者に見せるのが遅かった上に、湯たんぽで温めたのが悪かった。腹膜に膿が流出していて、困難な手術になった。手術して二日目に、咽喉から血塊がいくらでも出た。前からの胸部の病気が、急に表面にあらわれて来たのであった・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・彼は或る盲目の女に此の破天荒の手術を試みたのである。接眼の材料は豚の目では語呂が悪いから兎の目と云う事にした。奇蹟が実現せられて、其の女は其の日から世界を杖で探る必要が無くなった。エディポス王の見捨てた光りの世を、彼女は兎の目で恢復する事が・・・ 太宰治 「女人訓戒」
・・・あの階段の下には、もう一部屋あって、おかみさんの親戚のひとが、歯の手術に上京して来ていてそこに寝ていたのですね。歯痛には、あのドスンドスンもダダダダも、ひびきますよ。おかみさんに言ったってね、私はあの二階のお客さんたちに殺されますって。とこ・・・ 太宰治 「眉山」
・・・ロレンツのごとき優れた老大家は疾くからこの問題に手を附けて、色々な矛盾の痛みを局部的の手術で治療しようとして骨折っている間に、この若い無名の学者はスイスの特許局の一隅にかくれて、もっともっと根本的な大手術を考えていた。病の根は電磁気や光より・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫