・・・胎児の蝋細工模型でも、手術中に脈搏が絶えたりするのでも、少なくも感じの上では「死の舞踊」と同じ感じのもののように思われる。終局の場面でも、人生の航路に波が高くて、舳部に砕ける潮の飛沫の中にすべての未来がフェードアウトする。伴奏音楽も唱歌も、・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・各地に旅行中の夜のわびしさをまぎらせるにはやはりいちばん活動が軽便であった、ブリュッセルの停車場近くで見た外科手術の映画で脳貧血を起こしかけたこともあった。それは象のように膨大した片腕を根元から切り落とすのであった。 帰朝後ただ一度浅草・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・それが後年盲腸の手術を受けてからすっかり能くなった。晩年には始終神経衰弱の気味があったが、これはおそらく極度の勤勉の結果であろうと想像された。 米国から講演の依頼を受けた時にも健康の点でかなり躊躇していたが、人々もすすめたので思い切って・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・胎児がまだ残っているらしいから手術をして、そしてしばらく入院させたほうがいいという事であった。 十日ばかりの入院中を毎日のようにかわるがわる子供らが見舞いに行った。それが帰って来ると、三毛の様子がどういうふうであったかを聞いてみるが、い・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・ すると姉がすぐ引き取って、興奮の色を帯びながらその子供の病気の今までの経過について語りだした。手術をすれば、たぶん癒るであろうが、青木の親たちは、手術は惨いから忍びないと言って、成行に委すことにしたのであった。 姉の口ぶりがひどく・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ いよいよ手術を受ける時になって、病気について、何の智識もないお君は、非常に恐れて、熱はぐんぐん昇って行きながら、頭は妙にはっきりして、今までぼんやりして居た四辺の様子や何かが、はっきりと眼にうつった。 胸元から大きな丸いものがこみ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・元日に外科では手術室をすっかり片づけて恒例福引をし、今年は木村先生の盲腸の手術、指も入らない、で子供の指環をとった看護婦があったそうだ。 おなかの丸みで、細い医療用の物尺がうまくおさまっていない。木村先生はベッドの裾の方から廻って窮屈な・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
・・・「……どっち道手術しなけりゃなりませんな」 明らかに責任回避の態度を示す医者をとりかこんで皆がドヤドヤ出て行った。今晩が関所である。誰しもそれを感じた。監房の真中に布団を敷き、どうやら、思いきり脚をのばして独り今野が寝かされている。・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・林町では国男が盲腸でケイオウに入院し、一時間半かかる手術をしましたそうです。イマそのハガキを見ました。そのゴタゴタもあって、咲枝はあなたにさし上げる夜具をまちがえて送ってしまいましたが、あとでとりかえますから、何卒あしからず。 シャツ、・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・後に聞けば、或る西洋人に戒められて、小説と云うものを読まぬ君も、Wilhelm Meister や Geisterseher 位は知っていたので、私の詞を聞いて、白内障の手術を受けたように悟ったのだそうである。 この事があってから私は、・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫