・・・ただ、何故それを嘘だと思ったかと云われれば、それを嘘だと思った所に、己の己惚れがあると云われれば、己には元より抗弁するだけの理由はない。それにも関らず、己はその嘘だと云う事を信じていた。今でも猶信じている。 が、この征服心もまた、当時の・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・と、年に似合わずませた調子で、「でも先生、僕たちは大抵専門学校の入学試験を受ける心算なんですから、出来る上にも出来る先生に教えて頂きたいと思っているんです。」と、抗弁した。が、丹波先生は不相変勇壮に笑いながら、「何、たった一学期やそ・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・じつにかの日本のすべての女子が、明治新社会の形成をまったく男子の手に委ねた結果として、過去四十年の間一に男子の奴隷として規定、訓練され、しかもそれに満足――すくなくともそれに抗弁する理由を知らずにいるごとく、我々青年もまた同じ理由によって、・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・と言われたら、なんとも抗弁する余地がないような気がした。また電報配達夫の走っているのを見ると不愉快になった。妄想は自分を弱くみじめにした。愚にもつかないことで本当に弱くみじめになってゆく。そう思うと堪らない気がした。 何をする気にもなら・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・いや、面白い筈だが、という抗弁は成り立つわけは無い。作者は、いよいよ惨めになるばかりである。 いやなら、よしな、である。ずいぶん皆にわかってもらいたくて出来るだけ、ていねいに書いた筈である。それでも、わからないならば、黙って引き下る・・・ 太宰治 「自作を語る」
・・・とはひどい。郷原だの何だのと言って乃公を攻撃して故郷を捨てさせたのは、お前じゃないか。まるでお前は乃公を、なぶりものにしているようなものだ。」と抗弁した。「あたしは神女です。」と竹青は、きらきら光る漢水の流れをまっすぐに見つめたまま、更・・・ 太宰治 「竹青」
・・・という説に対し、そんなばかな事はないと抗弁し「それならば念仏や題目を唱えても反響しないはずだのに、反響するではないか」などという議論があり、結局五行説か何かへ持って行って無理に故事つけているところがおもしろい。五行説は物理学の卵であると・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・また何時に荷を出そうとこっちの勝手じゃないかと亭主が抗弁する。それからだんだん議論に花が咲いて壮語四隣を驚かすと云う騒ぎであったそうな。元来この家は神さんの名前でかりている。ところが七年前に少々家賃を滞おらしたのが今日まで祟っていて出る事が・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・牛や馬は或る家に飼われ、そこの主人がこきつかうままにこき使われ、食わされるものを食い、ナブられ、あげくによそへ売られれば、それが厭だという抗弁も出来ない。哀れなものです。 昔のロシアで、娘は親のいうことを絶対にきかなければならなかった。・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の婦人と選挙」
出典:青空文庫