・・・釣竿を折る。鴎が魚を盗みおった。メルシイ、マダム。おや、口笛が。――なんのことだか、わからない。まるで、出鱈目である。これが、小説の筋書である。朝になると、けろりと忘れている百千の筋書のうちの一つである。それからそれと私は、筋書を、いや、模・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・肺炎になってしまってからの愛児の看護に骨を折るよりも、風邪を引かせぬ予防法、引いたときに昂じさせぬ工夫に一倍の頭を使う方が合理的である。 凶作の原因は大体においては明白である。稲の正当な発育には一定量の日照並びに気温の積分的作用が必要で・・・ 寺田寅彦 「新春偶語」
・・・ ついこの頃の雑誌で見ると、英国の気象局長ショー氏は軍事上に必要な顧問となるために同局の行政的事務を免除され、もっぱら戦争の方の問題に骨を折る事になったとある。これはむしろあまり遅きに過ぎると思われるが、いったい英国の流儀としては怪しむ・・・ 寺田寅彦 「戦争と気象学」
・・・シャロットの入口に渡したる石橋に、蹄も砕けよと乗り懸けしと思えば、馬は何物にか躓きて前足を折る。騎るわれは鬣をさかに扱いて前にのめる。戞と打つは石の上と心得しに、われより先に斃れたる人の鎧の袖なり」「あぶない!」と老人は眼の前の事の如く・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・と指を折る。「そうじゃ六日目の晩には間に合うだろう。城の東の船付場へ廻して、あの金色の髪の主を乗せよう。不断は帆柱の先に白い小旗を揚げるが、女が乗ったら赤に易えさせよう。軍さは七日目の午過からじゃ、城を囲めば港が見える。柱の上に赤が見えたら・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・馬は諸膝を折る。乗った人と共に真向へ前へのめった。岩の下は深い淵であった。 蹄の跡はいまだに岩の上に残っている。鶏の鳴く真似をしたものは天探女である。この蹄の痕の岩に刻みつけられている間、天探女は自分の敵である。第六夜 ・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・そいつが支那人の身体に当り、頭や腕をヘシ折るのだった。「それ、あなた。すこし、乱暴あるネ。」 と叫びながら、可憫そうな支那兵が逃げ腰になったところで、味方の日本兵が洪水のように侵入して来た。「支那ペケ、それ、逃げろ、逃げろ、よろ・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・副委員長をしている石井万治という人は嫌疑をかけられている書記長の自宅を訪問し、他所へつれて行って饗応し、ノートをひらいて、緊急秘密指令三百十一号、三百十八号というものをみせ、あなたのことについては骨を折るという話をしています。その指令三百十・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・政治について婦人のもたなければならない自覚をもてと云われるなら、それは、政治の事大主義に膝を折ることではなくて、小さいながらまともな種をより出して、それを成長させる地道な見とおしをもつことではなかろうか。 ウォーレスの進歩党綱領が発表さ・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・という箇処のあたり、または同じ千六が「足を折るとまたしばらく詩人になった」というような人生的なようなまとめた文句にして表現しているところ。そういう心情のモメントの概括は本質において常識で、土台それでまとまりがつくなら小説はいらないと云えるよ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
出典:青空文庫