・・・殊に塙団右衛門直之は金の御幣の指し物に十文字の槍をふりかざし、槍の柄の折れるまで戦った後、樫井の町の中に打ち死した。 四月三十日の未の刻、彼等の軍勢を打ち破った浅野但馬守長晟は大御所徳川家康に戦いの勝利を報じた上、直之の首を献上した。(・・・ 芥川竜之介 「古千屋」
・・・――こういういがみ合いを続けていたから、桃太郎は彼等を家来にした後も、一通り骨の折れることではなかった。 その上猿は腹が張ると、たちまち不服を唱え出した。どうも黍団子の半分くらいでは、鬼が島征伐の伴をするのも考え物だといい出したのである・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・「卓子の向う前でも、砂埃に掠れるようで、話がよく分らん、喋舌るのに骨が折れる。ええん。」と咳をする下から、煙草を填めて、吸口をト頬へ当てて、「酷い風だな。」「はい、屋根も憂慮われまする……この二三年と申しとうござりまするが、どう・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ 伸しかかると、二ツ三ツ、ものをも言わずに、頬とも言わず、肩とも言わず、男の拳が、尾花の穂がへし折れるように見えて打擲した。 顔も、髪も、土まみれに、真白な手を袖口から、ひしと合せて、おがんで縋って、起きようとする、腕を払って、男が・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・朝夕忙しく、水門が白むと共に起き、三つ星の西に傾くまで働けばもちろん骨も折れるけれど、そのうちにまた言われない楽しみも多いのである。 各好き好きな話はもちろん、唄もうたえばしゃれもいう。うわさの恋や真の恋や、家の内ではさすがに多少の遠慮・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・是は又余りに失敬なと腹の中に熱いうねりが立つものから、予は平気を装うのに余程骨が折れる。「君夕飯はどうかな。用意して置いたんだが、君があまりに遅いから……」「ウン僕はやってきた。汽車弁当で夕飯は済してきた」「そうか、それじゃ君一・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・何で忙がしいかと訊くと、或る科学上の問題で北尾次郎と論争しているんで、その下調べに骨が折れるといった。その頃の日本の雑誌は専門のものも目次ぐらいは一と通り目を通していたが、鴎外と北尾氏との論争はドノ雑誌でも見なかったので、ドコの雑誌で発表し・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・実に読むのに骨が折れる。しかしながら私はいつでもそれを見て喜びます。その女は信者でも何でもない。毎月三日月様になりますと私のところへ参って「ドウゾ旦那さまお銭を六厘」という。「何に使うか」というと、黙っている。「何でもよいから」という。やる・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・「やわらかくて、折れるのです。」と、きよは、悲しそうに答えました。「兄さんが、わるいんだわ。」「いいえ、私が、わるかったのでございます……。」と、きよは、うつむきました。「自分のことは、自分でせいと、いつもお母さんがおっしゃ・・・ 小川未明 「気にいらない鉛筆」
・・・ね、酔ってるものだからヒョロヒョロして、あの大きな体を三味線の上へ尻餅突いて、三味線の棹は折れる、清元の師匠はいい年して泣き出す、あの時の様子ったらなかったぜ、俺は今だに目に残ってる……だが、あんな元気のよかった父が死んだとは、何だか夢のよ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫