・・・そんな風で世間を押し通すことは出来ないぞ。とさすがに声はまだ穏やかなり。 しかしあの男のどこに取柄があります。第一、と言いかけるを押し止めて、もういいわ、お前はお前の了簡で嫌うさ。私は私で結交うから、もうこのことは言わぬとしよう。それで・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ ところが同じ船と海の事を書たものでも、船長が眼病で、船の操縦ができないのを、眼の見えるふりでどこまでも押し通す様子などになると、筋は海を離れて、船長自身の個人の身の上話しに移ってしまう。だからこういう場合にいくら海が活動してもそれほど・・・ 夏目漱石 「コンラッドの描きたる自然について」
・・・芸術家でも時に容れられず世から顧みられないで自然本位を押し通す人はずいぶん惨澹たる境遇に沈淪しているものが多いのです。御承知の大雅堂でも今でこそ大した画工であるがその当時毫も世間向の画をかかなかったために生涯真葛が原の陋居に潜んでまるで乞食・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・の完結迄はペンで押し通す積でいたが、其決心の底には何うしても多少の負惜しみが籠っていた様である。 余の如く機械的の便利には夫程重きを置く必要のない原稿ばかり書いているものですら、又買い損なったか、使い損なったため、万年筆には多少手古擦っ・・・ 夏目漱石 「余と万年筆」
出典:青空文庫