・・・ 二 学芸の純粋な進展に対して社会的の拘束が与える障害について不満の意を洩らすのを聞かされた事も一度や二度ではなかったように記憶する。例えば美術や音楽の方面においていわゆる官学派の民間派に対する圧迫といったよ・・・ 寺田寅彦 「子規の追憶」
・・・風雅という文字の文献的起原は何であろうとも、日本古来のいわゆる風雅の精神の根本的要素は、心の拘束されない自由な状態であると思われる。思無邪であり、浩然の気であり、涅槃であり天国である。忙中に閑ある余裕の態度であり、死生の境に立って認識をあや・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・日常生活の拘束からわれわれの心を自由の境地に解放して、その間にともすれば望ましき内省の余裕を享楽するのが風流であり、飽くところを知らぬ欲望を節制して足るを知り分に安んずることを教える自己批判がさびの真髄ではあるまいか。 俳句を修業すると・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・ こういうふうに考えて来ると世事の交渉を回避する学者や、義理の拘束から逃走する芸術家を営巣繁殖期に入った鳥の類だと思って、いくぶんの寛恕をもってこれに臨むということもできるかもしれない。 九 東京市電気局の争・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・そうしてまたそのような感情の拘束の自覚が最もきびしく彼を苦しめ悩ましていたように見える。しかし人一倍美しいやさしい感情を持っていなかったのであったら、このような煩悶はおそらく有り得なかったのではあるまいか。罪は頭のいい事にあった。もう少し頭・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・ 私は科学の学生がただいたずらにL軸の上にのみ進む事を戒めたく思うと同時に、また科学教育に従事する権威者があまりにSK面の中にのみ学生を拘束して、L軸の方向に飛翔せんとする翼を盲目的に切断せざらん事を切望するものである。 最後に私は・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・前者の拘束範囲が一つの面であるとすれば、後者はその面内にただ一つの線を画するような感じがある。もしこういう拘束がなかったとすると各自の個性はその最も安易な出入り口にのみ目を向けるであろうが、定座の掟によってそれらのわがままの戸口をふさがれて・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・まずこの三つの境地はいずれも肉体的には不自由な拘束された余儀ない境地である事に気がつく。この三上に在る間はわれわれは他の仕事をしたくてもできない。しかしまた一方から見ると非常に自由な解放されたありがたい境地である。なんとならばこれらの場合に・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・わたくしは専これらの感慨を現すために『父の恩』と題する小説をかきかけたが、これさえややもすれば筆を拘束される事が多かったので、中途にして稿を絶った。わたくしはふと江戸の戯作者また浮世絵師等が幕末国難の時代にあっても泰平の時と変りなく悠々然と・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・で、終には、親の世話になるのも自由を拘束されるんだというので、全く其の手を離れて独立独行で勉強しようというつもりになった。 が、こうなると、自分で働いて金を取らなきゃならん。そこであの『浮雲』も書いたんだ。尤も『浮雲』以前にも翻訳などは・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
出典:青空文庫