・・・ ある夏の午後、お松さんの持ち場の卓子にいた外国語学校の生徒らしいのが、巻煙草を一本啣えながら、燐寸の火をその先へ移そうとした。所が生憎その隣の卓子では、煽風機が勢いよく廻っているものだから、燐寸の火はそこまで届かない内に、いつも風に消・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・ さて叔父さんたちの持ち場も定まって、今井の叔父さんは、今鹿の逃げて行った方の丘を受け持つ事になったから僕は叔父さんと二人してほとんど足も入れられないような草藪の中をかき分け踏み分けやっとの思いで程よいところに持ち場の本陣を据えた。・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・社会のための活動の、それぞれちがった部門・専門、持ち場というふうには感じられていなかった。その古風さに、近代の出版企業が絡んだ。出版企業は、作家を原料加工業、読者を市場としてみるにすぎない。営利出版は、本質がそうである。将来にわたる文化の沃・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・若い脚がのびたいだけ伸ばされ、しなやかな背中が向きたいだけ大きく向きかわって闊達に動作しているのではなくて、台だの、持場だの、狭苦しい区画の間で気の毒なほど青春の肉体の動きを制約されている。足と手とを神経とともに細かくつかって、それで飽き飽・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・「婦人の家庭に対する分担持場が違って来たら、世の中はどうなるだろう」と云って、彼女を家庭生活にのみ繋うとします。彼女は、決然とそれに対し、男が父親であるとともに自由に邪魔されず仕事を持ち続ける通り女性も母であると同時に家庭生活に煩わされず自・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・おれは島原で持場が悪うて、知行ももらわずにいるから、これからはおぬしが厄介になるじゃろう。じゃが何事があっても、おぬしが手にたしかな槍一本はあるというものじゃ。そう思うていてくれい」「知れたことじゃ。どうなることか知れぬが、おれがもらう・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫