・・・種吉が氷いちごを提箱に入れて持ち帰り、皆は黙々とそれをすすった。やがて、東京へ行って来た旨蝶子が言うと、種吉は「そら大変や、東京は大地震や」吃驚してしまったので、それで話の糸口はついた。避難列車で命からがら逃げて来たと聞いて、両親は、えらい・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・やはりお持ち帰りになった方がお得でしょう」 仕事の邪魔された上に、よけいな汚らわしいものを見せられたといったような語気も見えて、先生はいろいろなことを言って聞かしたが、悄気きった眼の遣り場にも困っているらしい耕吉の態を気の毒にも思ったか・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 路傍の梅 少女あり、友が宅にて梅の実をたべしにあまりにうまかりしかば、そのたねを持ち帰り、わが家の垣根に埋めおきたり。少女は旅人が立ち寄る小さき茶屋の娘なりき、年経てその家倒れ、家ありし辺りは草深き野と変わりぬ・・・ 国木田独歩 「詩想」
・・・しかし、そのお持ち帰りになりました分はいずれでございますか。一寸拝見をねがいとう存じます。」「ああ、見せるよ。ただ僕はあんな立派なやつだから、事によったらもうすっかり曇ったじゃないかと思うんだ。実際蛋白石ぐらいたよりのない宝石はないから・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・ 夏蒲団は昨日どてらを届けた時持ち帰りました。毛布、下ばきも届きました。毛布はもう洗濯に出しましたが、恐らく一ヵ月以上かかりますからどうぞそのおつもりで。下ばきは惜しいことをしましたね。あんないい薄い毛のものは、全くどこにもないものです・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ この男の語るところによれば、かれはそれを途上で拾ったが、読むことができないのでこれを家に持ち帰りその主人に渡したものである。 このうわさがたちまち近隣に広まった。アウシュコルンの耳にも達した。かれは直ちに家を飛びだしてこの一条の物・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・ かくて某は即時に伽羅の本木を買い取り、仲津へ持ち帰り候。伊達家の役人は是非なく末木を買い取り、仙台へ持ち帰り候。某は香木を三斎公に参らせ、さて御願い申候は、主命大切と心得候ためとは申ながら、御役に立つべき侍一人討ち果たし候段、恐れ入り・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
出典:青空文庫