・・・などと、常から口の悪い、村に一人の女按摩が云うに違いない。 そして、親達には済まない思いなどをするより今いっそ、一思いに川にでも身を投げて仕舞った方が、どれだけいいかしれない。 お君の眼の前に、病院へ行く道の、名を知らない川・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 一体男の人で目の開いて居る按摩と琴の御師匠ほどいや味たっぷりな虫ずの走るものはありませんよ、ほんとうに。 でもね、私達が小石川に居た所のそばにもう六十位の眼明きの御琴の御師匠さんが居ましてね、 かなり人望があって沢山の御弟子が・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・そこで宿屋の主人の世話で、九郎右衛門は按摩になり、文吉は淡島の神主になった。按摩になったのは、柔術の心得があるから、按摩の出来ぬ筈はないと云うのであった。淡島の神主と云うのは、神社で神に仕えるものではない。胸に小さい宮を懸けて、それに紅で縫・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・和十は河東節の太夫、良斎は落語家、北渓は狩野家から出て北斎門に入った浮世絵師、竹内は医師、三竺、喜斎は按摩である。 竜池は祝儀の金を奉書に裹み、水引を掛けて、大三方に堆く積み上げて出させた。 竜池は涓滴の量だになかった。杯は手に取っ・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・狭い路を按摩が呼びながら歩いて来る。子供達は按摩の後からぞろぞろついてまた按摩の真似をし始める。彼は横に転がって静かになった外を見ると、向いの破れた裏塀の隙きから脹れた乳房が一房見えた。それはいつも定って横わっている青ざめた病人の乳房であっ・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫