・・・甥でしかも我が娘の仲好しである源三が、始終履歴の汚れ臭い女に酷い目に合わされているのを見て同情に堪えずにいた上、ちょうど無暗滅法に浮世の渦の中へ飛込もうという源三に出会ったので、取りあえずその逸り気な挙動を止めておいて、さて大に踏ん込んでも・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・怪力 田島は、ウイスキイを大きいコップで、ぐい、ぐい、と二挙動で飲みほす。きょうこそは、何とかしてキヌ子におごらせてやろうという下心で来たのに、逆にいわゆる「本場もの」のおそろしく高いカラスミを買わされ、しかも、キヌ子は惜・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・そうして、私には何となく、挙動不審の影があらわれて、あらぬ疑いさえ被り、とんでもない大難が、この身にふりかかるかもわからない。きっと、そうだ。私は、何かにつけて、めぐり合せの悪い子なのだ。運のわるい男なのだ。私には、とても、警察にとどける勇・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・言語挙動も役相応に見られるようになった。訪問すべき人を訪問して、滞留日数に応じて何本と極めてある手紙を出した跡は、自分の勝手な楽もする。段々鋭くなった目で観察もする。 しかし一つの恐怖心が次第に増長する。それは不意に我身の上に授けられた・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・巫女の挙動も実に珍しい見物である。はじめには負傷者の床の上で一枚の獣皮を頭から被って俯伏しになっているが、やがてぶるぶると大きくふるえ出す、やがてむっくり起上がって、まるで猛獣の吼えるような声を出したりまた不思議な嘯くような呼気音を立てたり・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・この無意識なそうして表面平静な挙動の奥にあばれている心のあらしを、隣室から響くピアノの単純なようで込み入った抑揚が細かに描いて行く。そうして食卓の上に刻まれた彼女自身の名前を見いだした最後の心機の転回に導かれるまでこのピアノ曲はあるいは強く・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・異った人種はよろしく、その容貌体格習慣挙動の凡てを鑑みて、一様には論じられない特種のものを造り出すだけの苦心と勇気とを要する。自分は上野の戦争の絵を見る度びに、官軍の冠った紅白の毛甲を美しいものだと思い、そしてナポレオン帝政当時の胸甲騎兵の・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・よりほかの語が出て来なかったのである、正直なる余は苟且にも豪傑など云う、一種の曲者と間違らるるを恐れて、ここにゆっくり弁解しておくなり、万一余を豪傑だなどと買被って失敬な挙動あるにおいては七生まで祟るかも知れない、 忘月忘日 人間万事漱・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・心の底までは受合わないがまず挙動だけは君子のやるべき事をやっているんだ。実に立派なものだと自ら慰めている。 しかしながら冬の夜のヒューヒュー風が吹く時にストーヴから煙りが逆戻りをして室の中が真黒に一面に燻るときや、窓と戸の障子の隙間から・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・おまけに、なんだか底の知れない泥沼に踏み込みでもしたように、深谷の挙動が疑われ出した。 深谷はカッキリ、就寝ラッパ――その中学は一切をラッパでやった――が鳴ると同時にコツコツと、二階から下りてきた。 安岡は全く眠ったふうを装った。が・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
出典:青空文庫